「なんで梅のところにベンチがないんだろうね」
ベンチに腰を下ろし、両手をお尻の下に差し込んだ少女は、ちょっと不満そうに、伸ばしたコンバースのかかとで交互に地面を叩いた。
「あそこまで行こうか?」
「やだ、疲れた」
「昔々の郵便屋さんが乗ってたみたいな自転車で?」
「そ」
「ふぅん」おっと──。
「身構えなくてもいいんだよ。ふぅんって言ったからって」
少女は、あは、と笑った。
おばあちゃんのそばを離れた少女は、さっきよりもさらに親しみやすい雰囲気だった。

「終わる。すべてのものは終わる。存在するあらゆるものには定められた命の期限がある。天も地も星も、宇宙もひとも──地上にも空にも永遠なんて存在しない」
空を見上げながら突然詩的なことを口にする少女を見た。
「けれど、すべてが消え去っても、終わらないものがある──としたら素敵でしょ」
「それは──僕に対する投げかけというか、問いかけなの?」
「ううん、ある人が言ったの──あたしね」
「うん」
「おばあちゃんちの玄関を開けたとき、あ、この人かもって思ったの」
「ん? なにが?」
「夢を見たの。それも毎晩毎晩。見たこともない女の人が出てくるの」
「ふん」
「それとね、事故の夢を見るの。自動車事故。そのうち、その女の人の顔がね、少しずつはっきりしてきたの。その人が昨日の夜、初めてしゃべったの」
「なん……て?」
「あなたのお誕生日に──要するに今日ね。プレゼントを持った男の人が現れるって言ったの。それをもらいなさいって。だからその人かなって思った」僕をあごと下唇で差した。
「え!?」心臓がトクンと跳ねた。
「プレゼントってあたしにですかって訊いたの。そしたら違うって。その女の人にだって。だけど、あなたがもらいなさいって」

「どんな顔をしてた!?」
「顔が近すぎですッ」
「あぁごめん」
「そんなに引かなくてもいいけど。きれい? いや、可愛いって言った方がいいかな。あたしといい勝負してたわ」むふっと少女は笑った。
「もっと詳しく教えてくれる?」
「眉が」少女は親指と人差し指で隙間を作り、それを眉のあたりでぎゅと横に動かした。「濃かった。きりっとした眉」
「ヘアスタイルは?」
「ショートボブ。あごあたりの長さで、ちょっと内カールしてる感じ?」
「鼻の頭の横っちょにホクロは?」
「いやあ、そこまではっきりとは」
聞いた限りでは、麻巳子に似ている……。もしそうだとしても疑問は残る。なぜ僕ではなく、この少女のところに現れたのだろう。そしてなぜ、少女にそれをもらえと。
エンディングに向けて、ここは是非流してください。あ~る・ベルンハルトJrからのお願い。
「プレゼントの中身は?」
「教えてくれた。だからサイズが合うとは限らないって言ったの。そしたら、合うって」
サイズ──確かにサイズの問題があるプレゼントだ。彼女が欲しいと言ったもの。
「さっきのは、その人の言葉。でもさ、かばんの中のプレゼントがそれだったら、まさに正夢ね」
少女はすっと左手の小指を差し出した。
「当たり?」
僕は茫然と少女の小指を見つめた。
「固まってるってことは、当たったのね?」
「ものすごく」僕はごくりとつばを飲み込んだ。
疑問は膨らむ。なぜ彼女は、この少女にプレゼントを受け取れと言ったのだ──。
「恐ろしい」少女はベンチの背もたれにどさりと背中を預けた。
「じゃあ、もうひとつ恐ろしいことを教えてあげる」少女は空を見上げてしばらく黙った。
「なぜサイズが合うのって訊いたの。そしたらね……」
「そしたら?」
「あなたはわたしだからって」
“あたしを見失わないでね”
初めて会ったあの日、僕を置き去りにするようにスーパーの前の信号を走って行った彼女の言葉が蘇る。
「それからね」
僕は固唾をのんで、少女の横顔をじっと見つめた。
「こんどはずっと、一緒にいなさいって」
僕は、震える手でショルダーバッグからピンキーリングのケースを取り出した。
─epilogue─
夢を見ているようだった。突如、夢の中に引きずり込まれたみたいな不思議な浮遊感。
「急ブレーキ踏んじゃだめだ!」
彼の声が遠くに聞こえる。夢と現実の狭間で私は何もできないでいた。
「右足をグッと奥まで踏み込んで。しっかり麻巳!」
彼のシートベルトが外される音が、やけに大きく耳に届いた。
「ハンドルから手を離して」
彼の左手がハンドルをつかみ、彼の香りが私を塞いだ。
「目を閉じて」もうすでに目は閉じていた。
だから私は目を開けた。
けれど、視界の隅を光の帯が過ぎていくだけで、なにも見えなかった。私をかばうようにハンドルを操作する彼の温もりと息遣いだけが世界のすべてだった。
車が揺れて横滑りを始めた。重心移動の具合から助手席側から突っ込んでいくのがわかる。
「大丈夫だから。心配しなくていい」
私は嫌なものを感じた。
「なに考えてんの!? ねえ──なにをしようとしてるの!? 嫌だから! 絶対いや! 車を前向きに戻して!」
「前が見ないよ麻巳」しがみついた腕をそっと解かれた。
私は、彼のセーターの脇をつかんでぐいぐいと押した。
「いやだってば! ダメだってば!」
「大丈夫だから麻巳子」
彼が額に口づけた。どうにもできない私はその首元に顔をうずめた。
「ダメよ……どうかお願いだから、車をまっすぐに」
しがみつき、彼の首筋に、唇を寄せた。
ふぅっと彼が強く息を吐いた。
「体を丸めろ麻巳!」
「ひとりはいやだ!」
─FIN─
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おつき合いありがとうございました。
夢で見た、ネコと女の人のお話でした。もちろん、こんな夢を見たわけではありません。
今となっては、夢の内容も覚えていませんけれど、その人の絶対的な安心感と、そばにいた猫は憶えています。
ハードスケジュールが続いて思うようにアップできませんでしたが、なんとか終わりました。
僕はいつも思うのです。いいものも悪いものも含めてすべて、人と人との出会いに偶然はないって。
だってそれは、僕たちが忘れている約束に違いないから。
次に小説を書けるのはいつかは分かりませんが、ではまた。
風神あ~る・ベルンハルトJr