彼女は自殺していたのか──あんなにもマイペースで、あんなにも明るい彼女が自ら命を絶っていたとは。
いったい何が、そうさせたのだ。
「そうだったんですか……」
僕の頭に、濁った泡がぷくりと浮かび、ゆらゆらと上昇してゆく。やがてそれは弾け、酷い臭気を放ち、僕は顔を歪めた。
ためらいはあったけれど、彼女のことなら受け止めるべきだと口を開いた。
「顔に──怪我でも?」
それが自殺の原因なのかもしれないと僕は想像した。彼女は、あの愛くるしい顔に取り返しのつかない傷でも負ったのではないか、それが彼女を死に追いやったのではないのか。
「いえ、お顔はきれいなままでしたよ」おばあちゃんの言葉に、僕はほっと肩の力を抜いた。
「体の方はわかりませんけど、どこかに後遺症が残った様子もありませんでした」
大家のおばあちゃんは痛ましそうな顔をしたけれど、僕にとってそれは救いだった。なぜ死んだのかという疑問は解けそうもないけれど。
「それで事故物件になりましてね。それを承諾していただいた方に安くお貸ししたんです」
僕は頷いて話の先を促(うなが)した。妙なことを尋ねてばかりでは嫌がられる。
「事故後に一度貸したらもう事故物件にならないと不動産屋さんが言うもので……ところが、入居された方も、外でなんですが事故でお亡くなりになって」
おばあちゃんは、すごい偶然でしょう? と言わんばかりに僕を見た。僕は大きく頷いた。
「それもでまあ、事故物件ではなくなったんですけど、聞いてくださいよ」
おばあちゃんは肩でも叩くようなしぐさで右手を振った。
「普通にお貸しした3人目の方が、またあの部屋で亡くなったんです」
なんだかんだと言いながら、こんな話が人は好きだ。おばあちゃんの目もそんな色をしていた。
そうだったんですか、などと呟きながら、僕はもうそれをほとんど聞き流していた。肝心の彼女とは関係のないことだから。
「脳だったか心臓だったか──いずれにせよ突然死でした。だからあの部屋は、主人と相談して貸すのをやめたんです。また何かあったら夢見が悪いですからね」
振り返ってみる。彼女が僕の部屋に来たこともなければ、僕が彼女の部屋に泊ったこともない。会うのは週に一回、その日は終日一緒だった。
マイペースな彼女に合わせていた形だけれど、何か事情を抱えているのだろうとは感じていた。それが男の陰であったりしたら、僕はどうすればいいのだろうかと考えたりもした。
けれど彼女の部屋に、男の痕跡はなかった。ただ、彼女が男の部屋に行っていた可能性は残してはいたけれど、それさえあり得ないのだろうとは、いま理解した。
梅の花見をしようと提案した時、行こう行こうとはしゃぎながらも、その表情の奥に少し浮かないものを感じた。彼女はもう、僕との約束を守れなくなることを知っていたのだろうか。

やはり彼女は自分の意志でこの時代に蘇ったと解釈する方が自然だろうか。時間差を認識していたとするのが。
僕たちはその時間の中で、たまたま出会ったのだろうか。それとも──彼女は僕に、会いに来たのだろうか。
ただ分かっていることがひとつだけある。
僕はもう、二度と彼女に会えないということだ。だって、死んだ彼女がいっとき蘇っていたとしても、最後になってしまった僕との約束を、果たせなくなった理由があるはずだから。
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