厚手の文庫本のちょうど真ん中あたりだ。
公園で『横道世之介』読んでいてこの部分にぶつかった。
火葬場に着くと伯父たちは控え室で持参した酒を飲み始めた。二時間ほどかかるというので清志と外へ出た。
火葬場の煙突から白い煙が上がっており、しばらく二人で見つめていると、「世之介、『焼き場の少年』って写真、見たことあるか?」と清志が訊いてくる。
「『焼き場の少年』?」
「そう、原爆が落とされたあとにアメリカの従軍カメラマンが撮った写真」
清志の話ではその写真には大きな穴で火葬される犠牲者たちを直立不動でじっと見つめている少年の姿が写っているという。
少年はぐっすりと眠り込んだ幼子を背負っている。
しかしこの写真が撮られた後、火葬していた男たちが少年に近寄り、背中からその幼子を下ろして目の前の炎の中に横たえたらしい。
幼子はすでに死んでいたのである。少年は長い間その炎を見つめていた。強く噛み締め過ぎて、少年の唇から真っ赤な血が流れていたという。
『横道世之介』頁244-255
僕はすぐに一枚の写真を思い浮かべた。写真のタイトルなんて知らなかったけど、それは確信だった。
焼き場に立つ少年
佐世保から長崎に入った私は小高い丘の上から下を眺めていました。すると白いマスクをかけた男たちが目に入りました。
彼らは60センチほどの深さに掘った穴のそばで作業をしています。やがて、10歳ぐらいの少年が歩いてくるのが目にとまりました。
おんぶひもをたすきにかけて、幼子を背中に負っています。弟や妹をおんぶしたまま広場で遊んでいる子どもたちの姿は、当時の日本ではよく目にする光景でした。
しかし、この少年の様子ははっきりと違っています。重大な目的をもってこの焼き場にやってきたという強い意志が感じられました。しかも裸足です。
少年は焼き場のふちまで来ると、硬い表情で目を凝らして立ち尽くしています。背中の赤ん坊はぐっすりと眠っているのか、首を後ろにのけぞらせていました。
少年は焼き場のふちに5分か10分も立っていたでしょうか。白いマスクの男たちがおもむろに近づいて赤ん坊を受け取り、ゆっくりと葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえました。
まず幼い肉体が火に焼けるジューという音がしました。それからまばゆいほどの炎がさっと舞い上がり、真っ赤な夕日のような炎が、直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らしました。
その時です。炎を食い入るように見つめる少年の唇に血がにじんでいるのに気づいたのは。少年があまりきつくかみ締めているため、血は流れることもなくただ少年の下唇に赤くにじんでいました。
夕日のような炎が鎮まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま焼き場を去っていきました。
坂井貴美子編著、ジョー・オダネル写真『神様のファインダー』(いのちのことば社)より

人の記憶というのは曖昧なものである。
僕の記憶の中では、この少年は反対側を見ていた。
写真の少年は左側を向いている。
けれど僕の記憶の中では右を向いていたのだ。
それももっと撮影者寄りの向きで。
ここで僕が何かを書きたいわけではない。
ただ、無力だと思い知るだけである。
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