─南雲忠一中将─
1941年12月7日午前5時(日本時間12月8日午前0時30分)連合艦隊機動部隊はオアフ島の北250海里に到達した。
空母の飛行甲板には次々と飛行機が姿を現した。
百年兵を養うは、一日の用に当てる為……
空母赤城の上で、南雲忠一は会議の席上で声を強くした五十六の言葉を反芻した。

空母赤城
昭和16年11月13日、岩国航空隊の司令室に於いて、連合艦隊司令部と機動部隊司令部の最後の打ち合わせ会議が行われた。
むろん「真珠湾攻撃」に関してだ。
宇垣纏参謀長、南雲忠一機動部隊司令長官、井上成美四艦隊長官、塚原二四三、清水光美六艦隊長官、細菅戊子郎五艦隊長官、近藤信竹二艦隊長官、高須四郎一艦隊長官、高橋伊望三艦隊長官らが顔をそろえた。
五十六は立ち上がり、おもむろに口を開いた。
「大切な事をひとつ付け加えておく。それは攻撃中止についてである」
中止の声に一同がどよめいた。こうなるであろうことは五十六の予想の範疇だ。軍人とはそういうものだ。
しかし、抜いた刀を収めるのもまた武人の度量だ。刀を抜いたら最後、斬り合わなければならぬと考えるのは狭量である。
「機動部隊は間もなく単冠湾に向けて発進するのであるが、まだ戦争は始まったわけではない」
そうだろう? と確認するように一同を見渡す。
「ワシントンでは、野村大使と、ハル長官の間で日米交渉が続行されている。これが成立した場合には、機動部隊は攻撃中止、即時引き揚げの命令を打電するから、おとなしく内地に帰ってきてもらいたい」
その時、草鹿参謀長が立ち上がった。
「長官、もし、母艦から攻撃機が発進後であったときは、どうしますか」
「同じだ」五十六は身を乗り出すようにした。
「飛行機が母艦を離れて攻撃の途中であっても、交渉が成立次第、帰ってきてもらう」
「長官、それはちと無理ですぞ」南雲長官が立ち上がった。
「あなたが平和を願う気持ちは分かりますが、一旦、母艦を離れた搭乗員には、攻撃するか、死ぬるかの、二つしか道は残されていない。
発艦した魚雷を海に捨てて、もう一回着艦しろとは、指揮官としては口がさけても言えません。そりゃあ、士気に関係しますからな」

南雲忠一中将
草鹿参謀長も片手を上げた。
「艦攻や艦爆は電信員が乗っているから、引き返しの無電を受信できますが、戦闘機は無理だと思いますな。艦攻と同行しているときは手信号で伝えられますが、問題は天候不良などの原因で分散した時です」
「しかけたしょんべんは、やめられませんぞ」南雲長官がしわがれた声で言った。
「小便か」五十六は口元を歪め呟いた。
小便をするのはお前か? なるほどそうだろう、現場の指揮を任せたのはお前だからな。
なら、飛び立つ兵は小便か。終わったらチャックを占めて終わりか。飛ぶも飛ばぬも、それを決めるのは、少なくともお前たちではない。
この馬鹿どもは、交渉成立後に攻撃を仕掛けるのがどういうことか、そんなことすら分からんのか。
年功序列など無視して南雲ではなく小沢治三郎にすべきだったか。参謀長は宇垣ではなく山口多聞、大西瀧治郎……この線を海軍大臣に強く推すべきだったか。
「いいか」五十六は押し込むように言葉を発した。
「南雲も草鹿もよく聞いておけ。百年兵を養うは、一日の用に当てる為だ、肝心のご奉公の時に大切な命令が実行できないと思うようなら、出すわけにはいかん。今すぐ辞表を出せ!」
五十六の声に全員が押し黙った。
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