そうだ、菜の花はどうしたろう。今年は一度も見ていない。
そんなことを、出勤の電車の中でふと思った。

吊革につかまり、じっと目を閉じた僕の脳裏に浮かんだのは、車窓を流れる黄色い花の群れ。あ、そうだ。この電車の中からも見えるんだった。
頑張って目を開けた。線路わきの小さな公園に咲く桜が流れていった。電車からも桜が見える、そんな当然なことに今更ながら気がついた。

ああ、僕はいつから電車の中で目を閉じるようになったのだろう。気がついたらまた目を閉じていた。眠いからではない。
仕事の前に少しでも、心を、精神を休めようとしているのだ。
帰りの電車では本を読んでいる。読むものがないときはドアの上の映像を見ているか、外を眺めている。
だから、けっして意識的に目を閉じているのではない。きっと心が命じているのだ。
目を開けて電車を降りたら仕事に向かう。その切り替えをしようとしているのに違いない。
また頑張って目を開けた。
川面に向かって枝を伸ばす桜が見えた。ああ、この風景も何年かぶりだ。
なに川だったろう──石神井川だったろうか。
ダメだ。心が拒否している。再び目を閉じた。
アナウンスが流れる。電車が止まりドアが開く。
僕はひどく眠い人のように、うつむいて電車を降りる。
混み合うホームを抜けて階段を下りる。改札を通り、少しづつ少しづつ、戦闘態勢を整える。
菜の花畑/由紀さおり&安田祥子
ポチポチッとクリックお願いします。

短編小説 ブログランキングへ
にほんブログ村