僕は神を探しました。探し求めました。
〝神〟その響きは遠く遠く、そして、甘美でした。
それは、聖書の中にいると信じていました。

旧約聖書の神は「怒りの神」などと称されたりします。
もう、しょっちゅう怒っています。
アダムとエヴァを楽園から追放したり、天まで届きそうなバベルの塔に怒って、言葉を分けて(通じなくして)作業を中止に追い込んだり。
そうだ、そうだ。海を割ったモーセが目的の地にたどり着けなかったのも、神のせいだったのでは?
こんな神が本当の神なのだろうか?
僕が聖書を離れ、本物の神を探す旅に出た出発点はそこにあった気がします。
結論としては、旧約聖書に出てくる神は絶対に本物ではない!
というものでした。
新約聖書には、大工ヨセフと処女マリアの子、ナザレのイエスが登場します。
処女懐胎……何でそんなことが必要だったのだ。そんなもの後付に違いない。僕はそう感じました。
ヨセフとマリアが愛し合い、イエスが生まれたことにケチをつけたのは、イエスの崇高さを保とうとした人間の仕業に違いない。
天地を創造した神が、神の愛(アガペーの愛)だけが崇高で、人のエロスの愛は下等と決めつけるわけがない。
僕はクリスチャンではありません。
何かを盲信するのではなく、ただ、ありのままの神を求めたのです。10代の頃から……。
だからこそ僕は、何はばかることなく神を語ります。
─続く─
と思われます。
僕は三度(みたび)、宗教に闘いを挑みます。
地上でもっとも命を奪った、まやかしの宗教に挑んでみます。
君が惑わされないように、君がありのままの神を知ることができるように。
神は何も要求しない。
何も禁止しない。
何も押しつけない。
賞賛さえ求めない。
そして、助けを求めても直接手を貸してなどくれません。
そのために、宇宙に法則を打ち立てたのです。
これが、僕の探し当てた神です。
これは、ほぼ正しいと思っています。
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