思い出は美しすぎて | 風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」

もう半年も前のことになるけれど、年明け早々、僕は電話を何件か入れた。
リカバリしたパソコンがプリンターを認識しなくなったからだ。
ということは、いつものように年賀状をプリントアウトすることが出来ないということ。ついでにメールも送れない。

「ん」とも「はぁい」ともとれる声が携帯電話の向こうから聞こえた。それを僕は、え? という思いで耳にした。


「あ、俺。プリンターの接続がうまくいかなくてさ、年賀状が刷れないんだよ」


「あらあら、今電車だから、後で電話するねぇ」その声はまだ、不思議な粘りを持っていた。
再びかかってきた電話の声は、さすがに自分でも気づいたのだろう、ちょっとだけ普通のものに戻っていた。
「手書きにすればいいのに」
「嫌だ、面倒くさい」
「相変わらずね」ふふっと息が聞こえた。

今仕事で何をしているかということ、それが大変なこと、彼女はそんな話をした。
頑張りすぎるところがあるから、体に気をつけなさい。責任感って、自分の体が無事であることも含まれるんだよ、無理をせずにね。僕はそんなことを言った。ディスプレー表示された僕の名前に、彼女の時間は遡(さかのぼ)ったのかもしれない。
二人が恋人と呼ばれたあの頃に。

僕は彼女を叱責したことがある。彼女からの電話で指定されたドトールに向かい、ウインドゥの外から彼女の姿が見えたときから、嫌な予感はしていた。
僕が到着してからも、彼女のその姿は変わらなかった。

ドトールを出た後、僕は注意を与えた。
「中で電話しちゃダメだよ」
彼女がどんな顔をしたのかは覚えていない。
「隣のおじさん、迷惑そうな顔をしてたよ。そもそもあんなところで電話しちゃダメだよ」

そう、隣に一人で座っていたおじさんが、かなり迷惑そうな顔をしていたのだ。くつろぎのコーヒータイムを、隣に座った女の人のかなり賑やかしい電話で邪魔されたことだろう。けれど彼女は、どうも僕の注意を理解していないように思われた。
そのことで、新宿まで出かける予定は壊れた。ドトールの前で右と左に別れたからだ。僕は彼女が歩いてく後ろ姿を、何故だろうという、ちょっと悲しい思いで見送った。
何度メールで説得しても、彼女はうまく理解できない様子だった。

ルールを守らないと君が冷たい目で見られる。それを僕が看過できるはずがないだろ? たとえば君が、両親の悪口を言われて、いい気がするかい? 身内ってそんなものじゃないのか? 僕にそれを阻止する権利はないのかい?
そんなことを書いた気がする。でも、彼女の頭をいっぱいにしたのは、いつもは優しい僕に叱られたということだけだったに違いない。

彼女はもう、そんなことさえすっかり忘れてしまっただろうけど。たぶんあれが、最後に顔を合わせたときだったような気がする。だから、僕が覚えているのは、涙を浮かべた彼女と、その後ろ姿。
いい加減な男なら、あれを見過ごしただろう。でも僕は、それを出来ない。それは自分のためじゃなく、何より相手のためだから。

彼女の中で、僕は思い出だろう。でも僕の中では少し悔悟の思いが残っている。
言葉足らずで説得に失敗したという悔悟が。

彼女の少し甘い声を聞いたとき、その情景が蘇った。

僕に叱られたらその場は分からなくとも納得すること。
れは命に関わるか、ルールに反することだけだから。
それ以外は、自由に泳いでいなさいね。


何でYouTubeが貼れなくなったんだろう?
これが出来ない以上僕はこのブログから去るしかないのだけれど。