歌ってよ夕陽の歌を | 風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」
「人生は死ぬまでの暇つぶし」

誰かが言ってた。
みうらじゅんだったかな?

暇をつぶすということは、その先に本当にやりたいことが待っているということになる。暇つぶしって本来そういうことだから。
やることないから暇を潰してるとはあまり言わない。
待ち合わせまで時間が余っちゃって、暇つぶしだよ。
こんな感じかな?

死ぬまでが暇つぶしなんだろうか? 死ぬのが究極の目的だろうか?
人間誰だって嫌でも死ぬのに。その意味がよくわからない。
だから時間がたっても、その意味を理解できない。
つまらない言葉に栞を挟んだものだとも思うのだけれど、そのときの僕には、調和なのか不調和なのか、引っかかりを覚えた言葉だった。

そんな言葉の数々、人生のどこかに栞(しおり)を挟んだ記憶があるけれど、それがどこだかまるで覚えてはいない。
そしてそれが、今の僕に感動を与えてくれるかどうかさえ定かではない。

坂道をあがれば足腰が鍛えられて、見える景色もどんどん増えていく。地上の底辺を離れた空気はそれなりにうまい。
でも僕は、坂道を上る時期はとうに過ぎた。
下りの坂道は楽なように見えて案外辛い。
重力という名の経験と習慣で降りようとする体を膝という名の自制心で支えながら、つんのめって転ばないようにゆっくり降りる。
辛くて踏み出したくもないのに、体は勝手に降りていく。だから足で体を支える。なかなか立ち止まれない。
坂道を降りきったら人生が終わるのだろうか。
それとも、坂の途中で、無念にも死ぬのだろうか。

夕日を背に浴びて伸びる影は同行二人(どうぎょうににん)。
お遍路さんが一人歩くときも、いつも弘法大師と一緒にいるという意味で笠に書く言葉。
でも僕は、その影の後ろに実体がいて欲しいと思う。

まだ見ぬページ。これからの行く先。
これまでの来し方。恥多き人生。
その焦点は、いったいどこで結びつくのだろう。

誰か歌ってよ、夕陽の歌を。
心優しく。



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