阪神・淡路大震災から22年目の朝、
各地で行われた追悼行事のニュースを見ながら
関西ですら震災についての報道が年々少なくなっていると感じる
その中で
今日という日は
震災を経験した人も経験していない人も
あの震災のことを語り合い教訓とし
後世に繋いでいく日なのだという言葉が心に残った
自分にできることは
子ども達に記憶を伝えていくことなのだろう
1年前の今日
様々なものを背負って
万感の思いを込めて
羽生選手はファイナルタイムトラベラーを舞ってくれた
「ぼくはスケーターだからこそ、
僕が何かを発信するわけじゃなくて
この1.17という、時間に
来てくださった皆様が
どういう風に思われて
また、何かを思い出すきっかけであったり、
また、何かを始めるきっかけであったり、
そういうものになれたらという風に思っていました」
「今の段階の自分の気持ちとしては
この日を絶対に忘れてはいけないなと」
「この関西という地でこの曲を滑らせていただいて
しっかりこの日を記憶して、そういう様々な思いを胸に
頑張っていけたらと思います」
あの日現地で観た彼の演技が与えてくれたものは
普段は意識していないけれど確かに
自分の中に温かいものが湧き出るような何かを生み出し
この一年、日々を過ごす原動力となってくれていたのだと改めて思う
22年前の朝、激しい揺れに目覚め、
何か途方もないことが起こったと感じた
その後、報道で知った神戸の街の光景に
ただ茫然と立ちつくし
祈ることしかできなかった記憶を忘れずに生きていきたいと思う
祈ること。ひとにしか
できないこと。祈ることは、
問うこと。みずから深く問うこと
長田弘「立ちつくす」より



