すぐにググる | 女神は謙虚な者に微笑む

女神は謙虚な者に微笑む

運を引き寄せるのは日頃の行い。
引き寄せた運をモノにするのはその人の実力。

前置き プラス 7段落構成です (^^;

 

「スグにググる人」と検索すると(←もうググッてるw)

様々な意見が出てきます。

 

批判的な意見では

・自分の頭で考えない、思考力の低下

・問題解決の力や判断力の低下

 

肯定的な意見では

・短時間で知りたい事を知れる

・人の経験やスキルを簡単に知れる

 

といったことが主に書かれています。

 

何度か書いてるかもしれませんが

私は圧倒的に「すぐにググる派」です。

 

私は昔からググりまくってました。

 

これでw

 

左の辞書が長年愛用したハンディサイズの国語辞典で

今でも机横の引き出しに入ってます。

さすがにほとんど使っていませんが・・・

 

(1)比較

昔は「分からなかったら辞書を引きなさい」と言われ

すぐに辞書を引くことは良しとされていたのに

なぜそれがスマホになるとダメなのか理解に苦しみます。

 

辞書を引くことは自分で調べることで

ネットでググることは自分で調べることじゃない?

 

(2)手段

攻殻機動隊やマトリックスという作品では

知識や技術を人にインストールするシーンが出てきます。

 

我々は電気信号でピピピッとデータを送信して

技術や知識をインストールすることは出来ませんが

 

本やネットを見て知識を得たり

その知識によって何かを出来るようになることは

方法がアナログなだけで

インストールしているのと同じだと思います。

 

(3)データベース

料理の作り方は覚えてないけど

あの本に書いてある、ということを知っていれば

見て作ることが出来ます。

 

それはレシピの記憶を省いて索引だけ記憶しておき

必要になれば本を見ればいいってこと。

この考え方だと、本やノートは

私の「外部記憶装置」と捉えることが出来ます。

 

ネットを同様に「外部記憶装置」と捉えれば

そこにある知識を活用するのは自然なことです。

 

(4)結論

ググッて得られるものは

「知識」や「情報」で「経験」は得られません。

 

ググる人がどうだとか、ググらない人がどうだ

という議論はナンセンスで

 

知識、情報、経験、はどんな方法で得ても

目的に到達することが出来れば

好きなルートで得ればいいんだと思います。

 

どちらかが優れているわけでも

劣っているわけでもないと思います。

 

(5)一例

将棋の世界では昔、対局の棋譜を得るには

手書きで書き写すしかなく

それも勉強の1つとされていて

コピー機が現れて簡単にコピー出来るようになると

「そんなんじゃあ・・・」と言われました。

 

今はネットでその日の棋譜を手に入れられます。

簡単に手に入れられるおかげで

より研究が深められるというメリットがあります。

 

この場合

棋譜(情報)を得るのは簡単な方が良くて

その情報をどう利用するかが重要です。

 

(6)証明

藤井八冠がすぐにググるかどうか分かりませんが

AIを利用してるのは間違いなくて

AIに聞く=ググる に相当します。

 

それを鵜呑みにしても将棋に勝てるはずは無く

その情報を理解したり把握したり工夫することで

他の棋士との差別化がされるはず。

 

つまりググることが思考力を低下ざせる

という理屈は当てはまりません。

 

(7)一般人

何かの分野で最前線を走るような人や

最前線を目指す人にとって

ネットの知識はヒントになっても答えにはなりません。

 

しかし私のような一般人がネットの知識を得る事は

自分の前線を伸ばすことに直結します。

 

その分野の最前線には立てなくても

一般人が自分の最前線を伸ばしていくことは

果たしてマイナスになるのでしょうか???

 

 

そんなわけで

私は今日も何かをググっていると思います。

 

間違っても検索履歴は見せられませんが(笑)