三ONで、私の所属している部曲に客将が現在います。

それは、



厳シュン



あと何日か、部曲にいるはずの、この人を取り上げたいと思います。


厳シュン 字は曼才。ホウ城郡出身の人。

若いころから、学問に親しんでいて、

戦乱を避けて、江東の地に移り、

諸葛キンや歩シツと名声を同じくし、交流をしていた人です。


実直で思いやり深く、これはと見込んだ人物の、

よい導き手になったといいます。


217年に魯粛が死ぬと、孫権は厳シュンに1万の兵を与えて、

魯粛の後任にしようとしました。

周りの人々は、厳シュンのために喜びましたが、厳シュンは、

「私は取柄のない書生で、軍事に疎く、才もないのに、

 この地位にいれば、必ず咎めと悔いをうけるでしょう。」

といって涙を流して固辞しました。

人々は、自分をよくわきまえていると称賛しました。


この人は馬に乗ることができない人で、

試みに、孫権が馬に乗らせてみたところ、

乗ることはできたが、鞍から落ちてしまったということです。


なんだかイジメですね。


229年に、孫権が帝位につくと、

蜀に使いして、蜀の丞相 諸葛孔明に高い評価を得ています。


出仕に応じなかった友人の、命乞いをして一時、降格されますが、

のち元に戻され、尚書令になっています。


78歳で死去。死んだときに家には余財はなく、

清廉な人でもあったようです。


先週のアップデートで、各勢力に4名ほど、客将が追加ようですが、

そのうちの一人、三ONの公式ページにも出ている、


「賀斉」


を今日は取り上げたいと思います。


この人は、三国志演義には登場しません。

だから、みな知らないのも無理もない人です。

コーエーの、ほかの三国志関係のゲームには出てくるので、

知っている人もいると思います。


会稽郡山陰の出身で、字は公苗。

若くして郡の役人になり、会稽郡の中の、

県の長の代行を務めました。

そのときに、県の役人で斯ジュウという男が、

男伊達を気取って、悪事を働いていました。

賀斉が取り締まろうとすると、部下が、

彼のバックには、県の大物や山越族などがついて、

報復されるので、やめたほうがいいと諌めましたが、

諌めを聞いて、大いに怒った賀斉は即座に、

斯ジュウを斬り、攻めてきた千人余りの斯ジュウ一味を散り散りにしました。

他にも各地での反乱鎮圧に功績があります。


対外戦では、合肥の戦いで孫権を救う働きもしていますが、

たぶん凌統の活躍場面とかぶっるため、演義作者の羅貫中さんは採用しなかったのでしょうね。

あと、222年に、曹休が攻めてきたときは、

ちょうど暴風雨で、呉の水軍が損害を受けましたが、

賀斉が救援して、大事になるることがなかったといいます。


賀斉は、非常に派手好きで、

武器、甲冑はもとより、自分の軍勢の軍船まで、

きらびやかに飾りつけ、人目を圧倒したといいます。


コーエーの三国志オンラインプレイヤーの周緑虎です。


プレイヤーブログというと、プレイ日記になることが多いと思いますが、


それとは違う趣で、


登場NPC武将などの、人物録だったりなんだりを書いていきたいと思います。


ゲームしか知らない人が、三国志の物語のほうにも興味をもってもらえると、


よいかなと思っています。