三ONで、私の所属している部曲に客将が現在います。

それは、



厳シュン



あと何日か、部曲にいるはずの、この人を取り上げたいと思います。


厳シュン 字は曼才。ホウ城郡出身の人。

若いころから、学問に親しんでいて、

戦乱を避けて、江東の地に移り、

諸葛キンや歩シツと名声を同じくし、交流をしていた人です。


実直で思いやり深く、これはと見込んだ人物の、

よい導き手になったといいます。


217年に魯粛が死ぬと、孫権は厳シュンに1万の兵を与えて、

魯粛の後任にしようとしました。

周りの人々は、厳シュンのために喜びましたが、厳シュンは、

「私は取柄のない書生で、軍事に疎く、才もないのに、

 この地位にいれば、必ず咎めと悔いをうけるでしょう。」

といって涙を流して固辞しました。

人々は、自分をよくわきまえていると称賛しました。


この人は馬に乗ることができない人で、

試みに、孫権が馬に乗らせてみたところ、

乗ることはできたが、鞍から落ちてしまったということです。


なんだかイジメですね。


229年に、孫権が帝位につくと、

蜀に使いして、蜀の丞相 諸葛孔明に高い評価を得ています。


出仕に応じなかった友人の、命乞いをして一時、降格されますが、

のち元に戻され、尚書令になっています。


78歳で死去。死んだときに家には余財はなく、

清廉な人でもあったようです。