群青色の目 | 水底の月

水底の月

恋の時は30年になりました 

事務局長室で、白い封筒を差し出した。

 

 

秘書さんは今日は私が入ったとたんに顔をこわばらせ、立ち上がり席を外した。

いつもは、しなくてもいい用事をしながら、事務局長の傍で聞き耳をたてるのに。

そして、そこで話した内容よりも私がどんな態度で事務局長で話したとか、そんなことばかりが噂話として回るのが常だった。

 

 

私からの1度めの退職願が出た後、事務局長が過去の色々、私が作成したデータを勝手に改ざんして事務局長に提出していたとかそういう証拠を徹底的に突きつけて問い詰め、あげく配置換えを打診されたと聞いた。

「泣いてたわ、あのオバサン。自分のやったこと棚に上げて被害者みたいに」と、仲のいい職員が話を聞きつけて持ってくる。

 

でももう、私は何をどう聞いていいのかわからなくなっていたから。

 

 

 

事務局長は最後の夜、そんな話しなかったし。

 

それに、そんなことをしても今さらもう遅いのに。仲良く仕事をしないといけないんじゃないの。

 

 

 

 

 

 

事務局長は椅子に座ったまま、くるりとこちらに向いた。

表情で、昨日のメールにすでに目を通していることがすぐにわかる。

 

 

 

「本当にこれでいいの。引き留めて考え直す発想はない?・・・と言っても、もうひとつ強い言葉で来るか。やれやれ」

 

 

 

机の上に置かれた退職届、もう「退職願」ではなく「退職届」と書いた文字に一瞬目を止め、事務局長は言った

 

 

 

「今までお世話になりました」

 

 

 

私はそう言って頭を下げた。

 

 

「退職の日まで、きちんと出来る仕事はしますので何かありましたら仰ってください」

 

 

 

 

 

 

ありがとうございました、とは言えなかった。

 

 

 

事務局長室には私と事務局長以外誰もいないのに。まるで盗聴器を仕掛けられた部屋にいるみたいに言葉はぎこちなく、必要な言葉すら出てこなかった。

 

 

 

 

近くにいたいのに

 

自分が大鉈を振り上げ鎖を叩き切った以上、それはもう許されない。

 

それなのに、傍に長くいると、感情の渦巻きで呼吸が浅くなりそうだった。

 

 

 

 

 

事務局長と目が合った

 

暗く深い山奥の、死んだかのように動きのない湖面のような

ひとつ心を閉じた。事務局長の目はそんな色をしていた。

 

 

 

 

 

 

黙って一礼し、事務局長室を出た。

きっと私の眼も、あの目と同じ群青色の目をしていたことだろう。

 

 

 

 

 

 

もう仕事を絡めて人を好きになるのは止めよう

 

斜め上45度の恋も、もうしない。

 

 

仕事ができなくなる。そして人を好きになるのも怖くなる。

 

 

 

 

そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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