そうじゃなくて! | 水底の月

水底の月

恋の時は30年になりました 

「どうやって行くんですか?もう暗いし、浸水の危険があるなら流れたらどうするんです」

 

「まだ今なら大丈夫だろう、敷地内の高台に車を停めればそこまでは水も来ないだろうから」

 

「敷地まで行けたらでしょ。その手前です。危ないじゃないですか、どこを通って?」

 

 

「・・・市内は浸かりはじめたところがあるらしいから、足止め食らうかもしれない。トンネルを抜けて海岸線を走る」

 

 

「かっ、海岸線!?何言ってるんです。この雨で雷ですよ。さらに危ない所を通るなんて」

 

 

「大丈夫。海抜で言えば海岸線よりのほうが高い、堤防もある。通勤で使ってたから市内を抜けるより早いこともわかってる。少々スピード出しても捕まりはしない」

 

 

「そういうことじゃなくて!」

 

 

「大丈夫。心配ない」

 

 

「ダメです。嫌です」

 

 

「・・・駄々をこねてもらうために電話したわけじゃない。病院のほう、おそらく今電話がつながらない状態だ」

 

 

「えっ!?」

 

 

「時間を見てまた電話もしてみるけど。病院のほうは診療棟の浸水には至らないと思う、地下はわからないけど。あの辺の地盤も低い、でも今までの台風で浸かるまでの被害は無かったから。明日はおそらく病院のほうに出勤はできないと思う。事務局のものにも連絡をしておくけど、とりあえず、僕の所在を君にも一応伝えておこうと思って」

 

 

言葉を切ると

 

 

「期待をしているわけじゃないけど、おそらく心配するだろうと思ったから」

 

言葉の端には楽し気なニュアンスがあった。

 

 

「・・・私も今から病院に行ったほうがいいですか」

 

 

「バカ、何を言ってる。そんなことを言ってるんじゃない。かえってそっちのほうが危険だ。家から出るな、いいか、動くなよ。頼むから動くな」

 

 

「人を止めておいて。自分は行くんですか」

 

 

「カリスマ、ってわかる?・・・その人がいるだけでオーラが、とか言うでしょ。私は自分にカリスマ性があるとは思ってないけど。ただ広く法人を預かる立場としてのカリスマを演じるなら、こういう時に、一番危険だと思うところに行って、施設を守る努力くらいはしなきゃ演じきれないわけ。またそうしないと職員はついてこない」

 

 

言葉を切って、続けた。

 

 

「あの施設の中には70名の利用者がいる、夜勤職員だけで守れるとは思えない。守れるどころか不安だろう。せめて土砂崩れが起きても生き残れる山の反対側に利用者を移す、そして1階から2階への垂直非難、その指揮を執るくらいは私でもできる。法人の人事が遅れて施設長不在が続いているんだから、尚更これは元施設長である私の仕事。・・・私の言ってることがわかるね?」