お願い | 水底の月

水底の月

恋の時は30年になりました 

「事務局長!」

 

「何?まだ何かある?」

 

「3か月で合格したら・・・食事ではなくて私のお願いを聞いてもらえますか、ひとつ」

 

「んん?何?」

 

 

背中越しの私の声に、事務局長は慌てたように向き直った。

 

 

 

「何?お願い?」

 

「一発で合格したら。内容は何であれひとつ」

 

「待て待て待て。何、私に何をさせるつもり?」

 

「合格したら言います」

 

「はぁ?食事以上の何を要求するの。怖いねぇー」

 

 

「だって、それなりに自分の時間を削って取り組むわけでしょ。家で勉強するだろう休日も削るだろうくらいのことは判ってらっしゃるでしょ。だったら、それくらいの負荷を事務局長だって」

 

「負荷!ますます怖い、このお嬢さんは」

 

 

掛け合い漫才のようなやりとり。

 

事務局長とは感覚が似ている。と気づいたのは関わり始めてすぐ。

持っている常識の範囲が似ている、突っ込んでいく熱量も。

常に少し前を歩いて方向性を示してくれる事務局長の動き方から、また日常のささいなやりとりでも、思っていることが言わなくても伝わる。

 

呼吸するように。

仕事がしやすいということは私の日常に安堵と活力を与えた。

 

 

事務局長の動きは徹底して明るかった。

大浪を立て近づくものを巻き込んで一気に自分の思う方向へ流れを作っていく。


その流れに飲まれて、私のように院内で動きを変えていくものは小人数ではなくなってきていたから、何か変わりそうな、変えていけそうな、たった数か月で院内の、特に若手の気配を事務局長は変化させていった。

 

 

先生のような、強いけれども後ろからそっと見ていてくれるタイプじゃない。

でも、仕事に対して持っている姿勢がふたりはとても良く似ていた。同一視してしまうほどに。

 

 

 

 

事務局長はネクタイの結び目を左手で引っ張って緩めると、ふんと鼻を鳴らし笑みを浮かべた。

 

 

 

「わかりました。いいでしょう。3か月後、僕がこの賭けに負けるような結果を期待してますよ」

 

 

 

 

 

 

2か月後。

 

私は事務局長が希望した合格通知書を提出した。

 

 

 

 


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