「・・・は?」 | 水底の月

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恋の時は30年になりました 

事務局長室で、おもむろにこう切り出された。

 

「今度、新しい委員会を立ち上げようと思う」

 

 

「はい」

 

 

「で、それには一人、ある国家資格の取得者が必要でね。医師でもいいんだけど、そうじゃなくて実務ができる必要がある、法律の潮目が変わるから手を打っておきたい」

 

 

「はい」

 

 

 

「取ってきて」

 

 

「・・・は?」

 

 

 

事務局長はぴらりと一枚の紙を私に渡した。

 

「試験範囲の中で・・・とりあえず困ると言ったら法令関係でしょう。でも範囲内のことはこの数か月の業務内である程度教えてるつもりだから、それも大丈夫、と。困ったら聞いて」

 

「え。え?」

 

 

「実務も君の業務で行なってることがそのまま当てはまるからそこも問題ない。暗記はお手の物でしょう。で、合格。取ってきて」

 

 

「取ってきて・・・って、リンゴ取りにいくみたいに、そんな簡単に」

 

 

「面白いことを言うねぇ。リンゴ程度でしょ、君にとったら。じゃあ・・・3か月。3か月後の試験で一発合格を目指すと。どう?」

 

 

「どう!?」

 

 

 

 

「モチベーションか・・・じゃあわかった。合格したら」

 

事務局長は表情を緩めた。

 

 

声を低めると

 

「お祝いに食事に行こうか。フグでも肉でもフランス料理でも、ご希望通りに何でも」

 

 

ふわっとした

 

そして、低めた声に一瞬ためらいも、吐きながら戸惑うような気配もそこに流れた。

 

 

 

 

「・・・就業規則云々、ひょっとしてここに繋げるためでした?」

 

 

「おお、変わらず勘がいい。ここまでは考えてなかったけど、まぁ結果そういうこと」

 

随分見慣れた、でもあまり他の人には見せない笑顔。

 

いつものはっきりした答えっぷりと笑みに思わず心が浮きたった。

 

 

 

でも

 

「事務局長さんってご結婚されてますよね」

 

 

「それはいつの情報?話が遅いね。」

 

 

「え?」

 

 

「してました、が正しいか。どうして?それが何か。40超えたおじさんが独身であることが何かモチベーションアップに繋がりますか?」

 

 

 

「い、いえ、いーえ、別に」

 

 

「モチベーションアップには他に何が必要?例えば・・・僕の誕生日とか」

 

 

「・・・・」

 

 

 

「仕事ばっかりで家庭を顧みないダンナでしたからね。仕事はしてもどうしたって女性を幸せには出来ないタイプです。後悔どうこうというか結婚というものが向かなかった。故に独身に戻った、そういうことです」

 

 

「・・・・」

 

 

 

「ま、君には関係ない話だ。さて、じゃそういうことで頼むよ。頑張って。以上!」

 

 

 

 

言う事は済んだ。

口の端の笑みはそのまま残して、事務局長はまたくるりとパソコンのほうを向いた。

 

 

 

 

 

 


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