魔法が解けると | 水底の月

水底の月

恋の時は30年になりました 

車の中ならば相槌でいい。でも久しぶりの向かい合っての会話は、ホントに最初、妙な空気感。

お互いの落ちどころがわからなくてなんだか他人行儀になる。それもまあ昔からだけど。

 

どうも落ち着かない。昔名残の、目を見るとつい照れてしまうクセが存分に発揮されるし。

 

 

でも。

 

 

「そうそう、これこれ。ちょっと見てみて」

 

広げられた書籍を見ようと椅子から立ち上がり先生の傍に寄ると、とたんに腰に手が回り、柔らかく自由を奪われる。そのまま椅子に腰掛けたままの先生にもたれかかるような形になった。

 

「ちょ、ちょっとちょっとちょっと待って」

 

「何を?」

 

 

指先は薄いブラウスの背中を動き、小さな金具を探し当ててあっさりと外した。

胸元が急に開放される。器用な指先、大きい手なのに。

 

 

「こらこら、ちょっとちょっと」

 

 

「どうして?」

 

 

 

「もう。まだ早い」

 

椅子に座ったままの先生の顔の高さは、立っている私よりも低い。

斜めに身をよじって身体を向かい合わせ、先生の顔をのぞきこむようにしながら両頬に手を添えた。

 

 

 

 

いつもは先に奪われてしまう唇を私から。

 

考えていたわけじゃないけど、思いついた。ふいに。

 

 

片手を頬から首筋へ、そして髪のほうへと伸ばし、胸に抱くようにしながら先生の唇を奪う。

一瞬驚いたようだった先生は、でもすぐに私のリズムにあわせ、舌が入ってきた。

 

二度、三度。長いキスを解いては見つめあう。

傍に引き寄せられるだけで、見つめあうと照れてしまうクセは泡のように消えてしまう。 

 

 

「さっきの話ですけど」

 

「なに?」

 

答える前にキスを交わす。そして

 

 

 

「今度は、次は先生が私に逢いに来てくれませんか。」

 

 

 

 

逢いに来て、なんて、言ったことがない。今まで一度も。

 

“学生時代のsana”という古い魔法が解けかかると、ほらもうアラフォーだもの、俗にいう「色仕掛け」もしていいお年頃。

・・・いや待て待て、この程度が色仕掛けになる?かどうかは微妙だけど。色仕掛け風にいけば、ちょっと背伸びした甘え方ができるかな、なんて思った。

 

 

 

「・・・逢いたくなったら逢える距離だからね、だからsanaが寂しく思うほどには僕は遠く離れているような気はしていないんだけど」

 

 

「だったら・・・」

 

 

 

 

やんわりとした否定なんて聞かせないで。そんな勢いを次のキスに込めた。