「明日、帰るのかー」
空っぽになりかけた部屋は、今の寂しい気持ちを加速させるのに十分なロケーションだった。
最後。
最後に。
それで忘れるつもりだった。
忘れよう、忘れなければと思ってた。
なのに。
「僕はもう先生じゃない。・・・僕は待った。今日まで」
掠れた声が、耳元にこだまする。
「よく言った。僕も好きだ」
抱きしめられた腕の強さが、感触がまだ身体に残っている。
こんなの、忘れられない。 このままじゃ帰れない。
自分の中であんなに抵抗のあった既婚者という重み、冷ややかに眺めたはずの他人の恋が、症例のように近くにあったのに。
羽衣を脱ぐかのように外れてしまっていた。
会いたくて、あの目に覗き込まれるように見つめられたくて
そして、包み込むように抱きしめられたくて
身体は、その腕を欲する
やっぱり会いに行こう。今日は病院にいるはず。
顔だけ見に行って・・・。
いけないんだよ、ホントは。
最後のご挨拶にいく、ってもうただの理由付けでしょ?
だって明日は私ここにいない。地元に帰るんだもの。
自分で自分を押さえ込んで、正当化した。