卒業12(デート) | 水底の月

水底の月

恋の時は30年になりました 

「明日、帰るのかー」

 

空っぽになりかけた部屋は、今の寂しい気持ちを加速させるのに十分なロケーションだった。

 

最後。

最後に。

 

それで忘れるつもりだった。

忘れよう、忘れなければと思ってた。

 

なのに。

 

 

「僕はもう先生じゃない。・・・僕は待った。今日まで」

 

掠れた声が、耳元にこだまする。

 

 

 

「よく言った。僕も好きだ」

 

抱きしめられた腕の強さが、感触がまだ身体に残っている。

 

 

 

こんなの、忘れられない。 このままじゃ帰れない。

 

自分の中であんなに抵抗のあった既婚者という重み、冷ややかに眺めたはずの他人の恋が、症例のように近くにあったのに。
羽衣を脱ぐかのように外れてしまっていた。

 

 

会いたくて、あの目に覗き込まれるように見つめられたくて

そして、包み込むように抱きしめられたくて

 

身体は、その腕を欲する

 

 

 

 

やっぱり会いに行こう。今日は病院にいるはず。

顔だけ見に行って・・・。

 

いけないんだよ、ホントは。

最後のご挨拶にいく、ってもうただの理由付けでしょ?

 

だって明日は私ここにいない。地元に帰るんだもの。

 

 

 

 

自分で自分を押さえ込んで、正当化した。

 

 

 

 

 

 

 


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