卒業11(謝恩会) | 水底の月

水底の月

恋の時は30年になりました 

今であれば、きっと“密約”は簡単で。

その場を楽しむその手元では、別の約束がつながっているのが日常で。

昔よりもっと綿密で緻密な手の繋ぎ方ができる。

 

でも、その当時は携帯はおろかポケベルが出始めた頃。
自分の勘のみが頼りなのに、土地勘の無い真っ暗な場所の深夜2時。

どっちに行ったかなんて見当もつかない。

 

真っ暗い道路に、自分の姿がやけに白く映る。

細いヒールの音は、カンカンカン・・・と予想以上に甲高く暗闇に響いた。

 

細い路地を抜けると、大きな道路に出た。赤と黄色の点滅信号が交互に瞬く。

白い街灯が、人けの無いバス停を照らしていた。

 

右側が駅、あそこが西口・・・

 

その時、聞き覚えのある声が聞こえた。

反対車線の歩道に目を向けると、二本の長い影が見えた。笑い声が闇に反響しながら向こうへと進んでいく。車道側を進む後姿のひとつには、確実に見覚えがあった。

 

でも、ひとりじゃない。もうひとりも良く知ってる。

とっさにそばの郵便ポストの陰に隠れた。

真っ白いスーツは、闇夜に浮き上がって見えるはず。

 

そこへ、タクシーが近づいてきてするすると影の前に停車した。

どっちが乗るんだろう・・・こちらへ向けて走ってくるのならここから動いては見つかってしまう。

 

何か言う声が響き、バタン、扉が閉まる音がした。車が走り出す。

 

 

残っていたのは先生ひとり。 

 

向かい合わせに近い位置なのに4車線の道路は広く、まだ私がいることに気づいていない。

 

今走れば・・・。

思わず車道を横切ろうとしかけた時、さっきのタクシーが信号で止まっているのに気づきまた身を隠した。あの位置だと車道を横切れば気づかれてしまう。

 

 

行かないで。もうちょっと待って。もう少し。

 

 

でも、先生の前に2台目のタクシーが静かに滑り込んできた。

バタン。扉が閉まる音がして、タクシーは走り出す。

 

 

気づいて。こっちを見て。お願い。

声をあげられないもどかしさをポストの裏で噛み締める。

 

 

 

そのまま、タクシーは走り去っていった。