願ったとおり | 水底の月

水底の月

恋の時は30年になりました 

私も雅治も、あまり食にこだわる方ではない。

一人で、ならばどちらも適当に済ませてしまいがちな。


だから、あえて

今回は行くまでに時間があったから、食べてみたいものを何度も話して予定を立てていた


美味しいものを一緒に

こんな当たり前が、物珍しく



二人とも、が、たぶん


「同じ記憶」

「同じ時」

「同じ味」

「同じ場所」


そんなところをかき集めるように

一瞬を重ねていく。


今すぐ離れてしまうわけじゃない


だけど


何か、どこか

数年後を意識してもいるような


肌以上に重なる「時」を

とにかく捕まえたがっていた


自分の中だけで、相手をいつでも反芻できるように



声を

顔を

笑みを

音を

気配を

言葉を

温度を


あなたの



何気ない一瞬を

自分の中に落とし込みたい


思い出、よりもリアルで

触れられるような臨場感ごと





「せっかくだから。乾杯をしなくちゃね」


ビールでなく、ワインで


私が好むのを知っていて

雅治はスパーリングワインを選ぶ


グラスは、静かな音を立てた





「美味しい・・・うん・・」


こちらを向く雅治の眼鏡越しの目が、少し見開きゆっくりと細くなる。


「ほら、sanaも」


「はい」




スパーリングワインが喉を通る

若い酸味は軽くて

思わずの浮き上がるような気持ちをもり立てる






「あの店も、翌日の店も、当たりだったねぇ」


「美味しかった」


「うん、本当に、全部美味しかった」



帰ってきてから

何度、電話口で雅治はそう言っただろう


おそらくは少し遠くを見るような目をしながら

記憶に残っている料理名をいくつも挙げ




私はそれを聞きながら

あの日の

楽しそうに話し、美味しそうに口に運び

本当に嬉しそうな笑みを浮かべる雅治を思い出す


誰の目にも残っていないだろう雅治を、私の中に何度も重ね閉じ込める



願ったとおり

私の中、深くに



 

 

にほんブログ村 恋愛ブログ 秘密の恋愛へにほんブログ村
人気ブログランキング人気ブログランキング