柔軟剤 | 水底の月

水底の月

恋の時は30年になりました 

一度、では許してもらえない

 

二度、三度・・・

自らの発散を後回しにし、私が本気で振りはらい止めてと懇願するまで

それは昔より執拗になった

 

 

水から引き上げられた魚が、だんだんに跳ねる強さを弱め、釣り人の舟の上でじんわりと死にゆくように

 

私は

雅治の腕のなかで、身体に放たれたあらゆる痙攣と戦い、それが治まりおちついていくのを待つしかない

 

汗ばんだ雅治の身体から

ふと、花の香がした

 

雅治はほとんど香水の類を使わない

 

 

うっすらと目を開けると

結局、雅治はワイシャツを脱いでいないままで。

私は、はだけられたまま抱かれていたことに気づく

 

スッと我に返った

いけない、たぶんファンデーションが

 

 

「雅治・・・シャツに」

 

「どうした?」

 

「しわが・・・それに」

 

「いい、かまわないよ、どうせ明日は違うのを」

 

「良くない、そうじゃなくて。襟にファンデーションが」

 

 

剣先を縁取るようについた肌色の痕

おそらく私の顔に触れたときの

 

 

指先でこする

 

 

「いいよ、そんなの気にしなくていい」

 

「良くないわ、良くない」

 

 

私の痕を、雅治の身体以外には残さない

そんな私の様子を雅治は面白そうに見守る

 

 

 

握りしめたワイシャツからは、フローラル系の柔軟剤の香りがした。

たぶん、私も使ったことがある

 

 

「さっきも思ったけど、いい匂いがする」

 

「うん?でも香水とかはつけてないから、たぶん・・・」

 

「そう、香水じゃない。これは柔軟剤の香り」

 

 

 

雅治は、ほんの少し居心地が悪くなったような顔をした

 

 

その香りは、奇をてらうような強く華やかなものではなく、石鹸の香りに少し足したような、男性でも邪魔にはならないような日常の香り。

洗濯が済み洗濯機を開けた時のような、また洗濯物を取り込んだときのような

 

 

柔軟剤は、妻の好みや家庭のルールが出やすい

その少しばかり人工的な香りや肌触りを好まない人がいれば使わないだろうし。

ほんのりとは使うけれど、それが「ん?」と抵抗感を感じるような特殊なものではなく

 

私が柔軟剤で選ぶ香りとよく似ていた。

 


 

「奥様が、何の柔軟剤を使ってらっしゃるかご存じ?」

 

 

「うん?・・・ん・・・液状・・のだったと思うけど」

 

どう取ればいい?その問いを

そんな少し戸惑ったような顔をして、雅治は答える

 

 

 

そこに見えるのは

雅治の穏やかな日常

家庭の中で

過不足がないように、雅治は支えられていて

 

 

 

 

 

そこに触れてはいけない

だから

ファンデーションを、残してはいけない

 

 

その香りに見せられる背景

雅治の静かな日常に、私は安堵を覚えていた

子育てが終わっているとはいえ

雅治がある程度自由に動ける、その背景

 

 

 

でも

 

 

次は、ワイシャツも肌着も先に脱いでもらおう

 

その香りに抱かれることで引き起こしそうな

申し訳なさと小さな嫉妬を

 

もうひとりの私が、自覚してしまう前に

 

 

 

 

 

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