マラソンで気づいたビジネスで使える考え方 4
マラソンで気づいたビジネスで使える考え方です。少しずつ投稿します。
その4
いやな体験は失敗レースの後の感覚と似ている。
あの時、もう少し頑張れたのではないか、なんであの時あんな事をしたのだろう?
その悔しさは一日、2日では晴れる事は無いが、冷静に自分の足りない所を振り返って
毎日のトレーニングに少しずつ組み込んで行くことで、気が付くともっといいタイムを出せるようになる
iPhoneからの投稿
マラソンで気づいたビジネスで使える考え方
マラソンで気づいたビジネスで使える考え方
始めて取り組む仕事は、マラソンのタイム目標を立てる時の感覚と似ている。
始めはこんなこと絶対できないよと思い、日々のトレーニングでも目標に近づいている感覚はあまりない。
自分の成長に気づくのは、2回。
いつものように練習をするとある日自分が思ったよりもずっと目標達成に近い位置にいる事に気づく。
それが最初。そうすると、目標達成を本気で信じられるようになる。
そして一度でも目標タイムをクリアした時が2回目。
目標達成すると「できない」と思っていた事自体が嘘のように自分の中で当たり前になる。
iPhoneからの投稿
始めて取り組む仕事は、マラソンのタイム目標を立てる時の感覚と似ている。
始めはこんなこと絶対できないよと思い、日々のトレーニングでも目標に近づいている感覚はあまりない。
自分の成長に気づくのは、2回。
いつものように練習をするとある日自分が思ったよりもずっと目標達成に近い位置にいる事に気づく。
それが最初。そうすると、目標達成を本気で信じられるようになる。
そして一度でも目標タイムをクリアした時が2回目。
目標達成すると「できない」と思っていた事自体が嘘のように自分の中で当たり前になる。
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マラソンで気づいたビジネスで使える考え方 1
マラソンで気づいたビジネスで使える考え方について、まとめてみました。
今日から少しずつ投稿してみたいと思います。
ご意見いただけると嬉しいです。
その1
仕事がたくさんたまってこんなに処理できないよと泣き言を言いたくなる感覚は、
レースで終盤ペースダウンした時の苦しさに似ている。目標タイムを考えると今まで以上に苦しいラップを刻まないといけないと、絶望的な気持ちになるけれど、そんな事考えずにスパートして乗り切ってしまうと意外と目標が達成できる。
今日から少しずつ投稿してみたいと思います。
ご意見いただけると嬉しいです。
その1
仕事がたくさんたまってこんなに処理できないよと泣き言を言いたくなる感覚は、
レースで終盤ペースダウンした時の苦しさに似ている。目標タイムを考えると今まで以上に苦しいラップを刻まないといけないと、絶望的な気持ちになるけれど、そんな事考えずにスパートして乗り切ってしまうと意外と目標が達成できる。
雨の富士五湖ウルトラマラソン
先日、初の富士五湖ウルトラマラソン(100km)に参加しました。
フルマラソンすら走りきった事がなかった頃は、100kmを走るなんて想像もつかなかった距離でしたが、ウルトラマラソンという競技を知った時から、いつかは走るだろうなとも思った距離。去年、仲間が挑戦するとのことで便乗して参加する事にしました。
フルマラソンのベストタイムの3倍がゴールタイムの目安とされる100km マラソン、
先日3時間21分のタイムが出たので、あわよくば10時間切り(サブテン)を達成できるか?
初ウルトラ、サブテンに調整できるのは今回限りという事で前半の50km だけでもサブテンのペースで行こうかとチャレンジしました。
(制限時間の)14時間走るためには14時間歩けないといけないという事で3週間前に14時間歩く練習と仲間と行い、後は体を休める事に。
1週間前、天気予報を見るとレースのある日曜日だけが雨。
ただ前もレース当日だけ雨だった予報が、快晴だった事もあり、今回も当日になれば晴れるとどこかで楽観視していました。
1週間前の練習メニューは2日に一度の5km走。ただしスタートする朝5時に合わせて4時半に起きて走るという生活のリズムを作りました。
水曜日、木曜日とレースが近づいてくる間中ずっと天気予報を見ても変わらない雨のマーク。それどころか50%の弱雨だった予報は80% の雨の予報。
急きょ100円ショップでレインコートを購入しレースに備える事に。
前日夜会社が終わって宿泊地につくと薄ら雪が積もっています。
9時に宿に付き10時前には就寝。1週間4時半に起床していた事もあり2時半起床までの4時間半は割と深い眠りを確保する事ができました。
2時40分。
ちょっと夜更かししたらこれから眠るという時間帯にコンビニで買ったチャーハンを食べ始め、3時半には支度を完了させてレース会場へ。
前が見えなくなるほどひどい雨では無いものの、ワイバーをつけなければ危険なほどの雨。スタート・ゴール地点の富士北麓公園では桜に薄ら雪が積もっています。
当日チェックインした私はスタートまでの時間の余裕がなく、急いで52km、70kmのエイドに預ける荷物を仕分け。ゴール地点に預けるはずだった携帯電話をポケットに入れたままスタート地点に立ちました。
雨なのに大丈夫かな??
一瞬携帯電話を荷物に戻そうかと悩みましたが、そのままスタートする事に。しかしこの携帯が後々いろいろ私のことを救うことになるとは想像もしていませんでした。
スタート地点はすでに行列。入り口の混雑を抜けてスタート地点に立つとなんと既にスタート45秒前。カウントダウンがはじまりあれよあれよという間にスタート。
スタートまでは2分のロス。競技場を出た直後には大きな水たまり。この水たまりを避けようと、多くのランナーが少しアスファルトが顔を出している所に集まるので自然と渋滞ができます。
最初の内は水たまりを避けるように進むものの、強い雨といたるところにある水たまりを避ける事もできず、2km進む頃には覚悟して水たまりに足を突っ込むように。
それでも撥水性に優れたシューズは中にたまった水分を素早く外に押し出してくれる。
キロ6分のペースは私にとっては全く苦しくないペース。それでも雨に打たれながら水たまりに足を突っ込みながら進むにはきついペースでした。
まだやっと周りが薄明るかった朝の5時のスタートは、最初の下りを軽快に降りるうちに徐々に周りが見えるようになってきます。帰りはここをどんな思いで登るのか?それでも今はスタートの遅れを取り戻すために重力に体を任せて降りていきます。
気がつけばキロ5分のペース。これはちょっと早い。でも外の気温は0度。雨合羽を着ているとは言えすこしスピードを落とすと冷たい風が体に流れて寒気を感じます。体を冷やさないためにもしばらくはこのペースを維持する事に。
軽快に走れていたのはここまで。初めてはいた5本指ソックスが靴とすれて10km も走らないうちに足の指先に針で刺したような痛みが走りだす。
20kmの通過タイムは01:58:01。細い山中湖の道のためか、雨に打たれ続けているためか、思いのほか足を使ってしまっている。トイレも行列のため中々思い通りのペースでトイレに立ちよる事もできない。27kmで上着を脱ぎ捨てる予定が寒さがひどいためこのまま雨合羽を着続けて走る事に。
山中湖を出た30㎞で3時間を数分切るペース。ここでクレランの師、O さんと出会い「りょうさん、早い!いいペース」と声をかけられました。しかしトイレに行った待ち時間の間に足が冷え、再スタート切った時に右ひざの関節の中心から激痛が走りました。
40㎞通過タイムは4時間7分。周りは毎年参加している富士山マラソン(旧河口湖マラソン)の見慣れた風景。近くに富士急がある地点。しかしこの頃はフルマラソンでも感じたことが無いほど膝が痛み、このまま棄権してしまおうかとの考えが頭をよぎる。
その時、3週間前クレージーランナーズのみんなとやった14時間ウォークを思い出し、このままあと60㎞を10時間弱。時速6㎞だったら早歩きだ。14時間体を動かす練習はしたから、完走ならできるかもしれないと思い、少し走って少し歩いてを繰り返すようにしました。
最初のうちは1㎞のうち半分位は走れました。
走れる時にはキロ6分、歩くとキロ9分。大体7分30秒ほどのペースで目安になるランナーに追いついては離されという事を10km ほど繰り返しました。
河口湖大橋を通りいったん河口湖から離れ、再び河口湖に入る道。本来ならここで目の前に大きな富士山が見えるはずも、雲に覆われて富士山のすそ野の斜面が見えるだけ。しかしこのころはあれだけ大降りだった雨も小雨になって少し走りやすくはなっている。
ここからは毎年富士山マラソンで通るコース。7-8km進むと西湖に向かう急坂の途中で最初の荷物預かり所がある。スタート地点で預けていた荷物の中にエアサロンパスを入れてあったので、ここでエアーサロンパスを足に吹き付ける事で得られる一時的な走快感を求めて痛めた足が騒がないペースで歩いてみたり走ったり。
河口湖から離れる道を右に進むと西湖にわたる急激な坂。坂は足には厳しいが、もうすぐエイドがあるというサイン。坂の斜度がだんだん厳しくなってきた頃にエイドステーションがある。
痛めた膝や太ももにタイツの上からエアーサロンパスを吹き付け、温かい飲み物を飲んでスタート。
西湖までの急坂は歩いている人も多かったので、周りのペースに合わせるように私も歩き出す。
50㎞から60㎞の区間は回復期間と位置づけ、一時間歩き続ければ膝の痛みが弱まるのでは無いかという期待を込めて歩いてみる。14時間ウォークの練習をやった時にはほんの一分トイレに行っただけで、仲間が遠くの方に進んでいた。どんなに遅く歩いても進んでいる限りは自分でも気付かないほど先に進む事ができる。
西湖のコースを横切ると見慣れた富士山マラソンのコースから外れ精進湖に向かう。
富士五胡と呼ばれる湖の一つ一つたどりついて行くことは励みにもなりこれで湖4つ目。
60km の通過タイムは06:55:39。残り40km 。このまま1キロ10分のペースを刻めばゴールタイムは13時間40分になるはず。
この頃にはコースを逆走しているランナーが増え、どうして逆に向かって走っているのだろう?と不思議に思た。しばらくたって彼らがトップランナーでもう80km 近く走りゴールに向かっていることに気づく。
60㎞を過ぎても膝は回復するどころかますます痛くなる。
もちろん、歩いている限りは大丈夫なのですが、ちょっとでも走ると右の足先の指に刺す痛みが走り、その次に右ひざが痛みという順番で痛む。
1km の中で400歩走れば一キロあたり9分、100歩走れば10分、全く走らなければ10分30秒かかる。痛みを我慢して100歩走り、歩きを繰り返し、400歩走ったらあとは歩く。ガーミンの腕時計が1km進んだ合図を鳴らすと1km を10分以内で走れたかを確認。10分を切っている事に安心し、また100歩走り始める。
そしてついに70km の本栖湖休憩所。
ここで靴下を履き替えると気分転換になると聞いていたが、ここで休憩をしてしまったら制限時間内にゴールできない。エアサロンパスを足に吹き付け5分位で休憩所を後にする。
本栖湖休憩所をまさに出ようとした時にリタイア者を収容するバスも出発して、思わずあれに乗っていこうかと頭によぎる。設営の人達もリタイアする人は荷物を預けないように指示をしている。
この1キロのラップが17分。ロスは7分ほどで抑えらた。この頃は今まで体験したマラソンの中で最も足が痛かった頃。100歩走れたペースはこの頃は30歩が限界。
80キロまでは走らずに回復させることにして多少時間がかかっても走ることを少なくすることに。
ここでクレージーランナーズの仲間S さんとすれ違いました。
Sさんはまるで今から走り始めたようないつも通りの笑顔。一瞬でも知っている人と会うととても元気が出る。
大自然の中にかけられた大きな橋。曇って少し古ぼけた写真のような色にはなっているが一瞬痛みを忘れさせてくれる絶景。
脱水症状でのどはカラカラ。約5km毎にある休憩所は、本来30分ちょっとでつく距離だが、ずっと歩いている私には約一時間に一度しか訪れない。あまりここで時間のロスを作りたくないため、紙コップ一杯の水を歩きながら飲んでいるので、のどの渇きが収まらない。70キロから80キロの頃は今まで記憶していた事が無いほどの痛み。立ち止まるともう動けなくなることがわかっていたので休憩所でもなるべく動きつづけ、うどんも1分で食べて噛みながらスタートするという事でロスを最小限にする。
もう限界、と携帯電話でfacebook を覗くとクレージーランナーズのメンバーがリタイアした情報が次々とアップしている。
このままリタイアするわけには行かないと思い、制限時間で止められるまでは歩き続けようと決心する。
80キロ地点で10:18:16。
計算すると時速5.5km で制限時間内でゴールできる事に。
時速6㎞でしかゴールできていなかった頃と比べるとだいぶ楽になった。でも最後の7㎞の登りの区間はキロ12分かかるかもしれない。ここで時間を稼がなくてはとキロ9分を目指して進むことに。
1キロの中で400歩は走るように、30歩走っては歩き30歩はしっては歩きの繰り返し。ガーミンが1キロの合図をする度に1歩,2歩,3歩,4歩 と走ります。8分55秒、8分57秒と1キロ当たり9分を切ることを、うんざりするほどの回数繰り返す。
コースは見慣れた河口湖の後半。
秋のフルマラソンでは何度となく痛い足を引きずった場所。
90キロ、facebook でエネルギーをもらおうと携帯電話を見るとMさんからの着信。電話をすると
「りょうさん今どこですか?みんな競技場で待っていますから」との声。
みんな待っていてくれているんだ。
みんなもとんでも無い距離走っているのに。
明日仕事の人もいるのに。
ゴールまであと2時間はかかるかもしれないのに。
返答しようとしたら涙声になってしまったので恥ずかしくてすぐに電話切ってしまう。
河口湖と別れを告げ、いよいよ最後の長い長い登坂のスタート。
ウルトラマラソンは歩道を交通ルールを守って進むのがルール。赤になった信号に捕まると、やっとの思いで稼いだ30秒・1分が無情に過ぎていく。永遠に思えるほどの赤信号を卒倒するほど絶望的で見つめながら、信号が変わるのを待つ。信号が変わって進み始めても、痛む足を引きずると渡りきる頃には信号が点滅している。遠くの青信号をなんとしてもわたるために痛みをこらえて走る。
95.1km 最後の関門を通過。これでゴールはさせてくれる事に。
しかしこの頃の坂はさらにきつく、足は痛む。97㎞。坂の途中。ここでリタイアしても今の痛みから考えると正しい判断に思える。あとたった3km。しかし走れない私にとっては後30分もこの痛みを耐える必要がある。
コースの斜度が若干緩くなる。係員が
「もう後は下るだけですよ」の声。
やっとの思いでfacebook にあと2キロと打ち込み、ゴールを目指します。
とうとう競技場が目の前に。
ゴール前、クレランの仲間がコースで出迎えてくれている。I さんがいる。Oさんがいる。みんなが「よく走った。」「すごい。」「感動した」と声をかけてくれる。
痛みと仲間の優しさとで顔くしゃくしゃにしながら100km 通過、あと200m。
中継しているアナウンサーが私の名前を呼んでくれ、最後ゴール!
間に合った。あー、もう動かなくていいんだ。
まさか100kmのマラソンで秒単位のペースメークをしなければならないとは思わなかったが、無事完走でした。13:52:34。40km地点で目標を完走に切り替えた事がよかった。冷静に考えると痛む足で60kmを歩けというのも酷なのだが。
ゴールしてからが実は大変。寒さで震えが止まらない。立ち止まった事で足が完全に動かない。ちょっと前まであれだけ動いていた足がこんなに動かなくなると思うと恐ろしい。エイドで座っていたらきっとゴールする事はできなかった。
仲間達に体支えながら着替えのところに行って、靴を脱ぐところから荷物を出してもらうところまで手伝ってもらい、最後は自宅まで送ってくれた。
翌日は仕事。初ウルトラマラソンの完走はただただ痛みとの闘いだった。facebook に完走をアップするまでは。
仲間がとった写真をメンバーのページに掲載してくれる。
facebook に感動したとのコメントが入る。
レースの翌日は痛みでほとんど寝られず、会社に行くのも大変な思いだったが、この痛みと引き換えに皆が感動したと言ってくれた。
自分一人で参加していたら、今回はきっと完走できなかった。目標タイムにも遠く及ばず突っ込んで撃沈した大失敗レース。
しかし例年7割近い完走率の大会で完走率が51%にとどまったほど過酷な天候でのゴール。そして改めて人から応援され、それにこたえる事でよろこんでもらえるという体験ができた大会。
ウルトラを走りきっても特別な人間になれるわけでは無い。ただ一緒に参加した仲間、大会を作ってくれたボランティアの人々、応援をしてくれた人の温かさを再認識できた体験だった。
フルマラソンすら走りきった事がなかった頃は、100kmを走るなんて想像もつかなかった距離でしたが、ウルトラマラソンという競技を知った時から、いつかは走るだろうなとも思った距離。去年、仲間が挑戦するとのことで便乗して参加する事にしました。
フルマラソンのベストタイムの3倍がゴールタイムの目安とされる100km マラソン、
先日3時間21分のタイムが出たので、あわよくば10時間切り(サブテン)を達成できるか?
初ウルトラ、サブテンに調整できるのは今回限りという事で前半の50km だけでもサブテンのペースで行こうかとチャレンジしました。
(制限時間の)14時間走るためには14時間歩けないといけないという事で3週間前に14時間歩く練習と仲間と行い、後は体を休める事に。
1週間前、天気予報を見るとレースのある日曜日だけが雨。
ただ前もレース当日だけ雨だった予報が、快晴だった事もあり、今回も当日になれば晴れるとどこかで楽観視していました。
1週間前の練習メニューは2日に一度の5km走。ただしスタートする朝5時に合わせて4時半に起きて走るという生活のリズムを作りました。
水曜日、木曜日とレースが近づいてくる間中ずっと天気予報を見ても変わらない雨のマーク。それどころか50%の弱雨だった予報は80% の雨の予報。
急きょ100円ショップでレインコートを購入しレースに備える事に。
前日夜会社が終わって宿泊地につくと薄ら雪が積もっています。
9時に宿に付き10時前には就寝。1週間4時半に起床していた事もあり2時半起床までの4時間半は割と深い眠りを確保する事ができました。
2時40分。
ちょっと夜更かししたらこれから眠るという時間帯にコンビニで買ったチャーハンを食べ始め、3時半には支度を完了させてレース会場へ。
前が見えなくなるほどひどい雨では無いものの、ワイバーをつけなければ危険なほどの雨。スタート・ゴール地点の富士北麓公園では桜に薄ら雪が積もっています。
当日チェックインした私はスタートまでの時間の余裕がなく、急いで52km、70kmのエイドに預ける荷物を仕分け。ゴール地点に預けるはずだった携帯電話をポケットに入れたままスタート地点に立ちました。
雨なのに大丈夫かな??
一瞬携帯電話を荷物に戻そうかと悩みましたが、そのままスタートする事に。しかしこの携帯が後々いろいろ私のことを救うことになるとは想像もしていませんでした。
スタート地点はすでに行列。入り口の混雑を抜けてスタート地点に立つとなんと既にスタート45秒前。カウントダウンがはじまりあれよあれよという間にスタート。
スタートまでは2分のロス。競技場を出た直後には大きな水たまり。この水たまりを避けようと、多くのランナーが少しアスファルトが顔を出している所に集まるので自然と渋滞ができます。
最初の内は水たまりを避けるように進むものの、強い雨といたるところにある水たまりを避ける事もできず、2km進む頃には覚悟して水たまりに足を突っ込むように。
それでも撥水性に優れたシューズは中にたまった水分を素早く外に押し出してくれる。
キロ6分のペースは私にとっては全く苦しくないペース。それでも雨に打たれながら水たまりに足を突っ込みながら進むにはきついペースでした。
まだやっと周りが薄明るかった朝の5時のスタートは、最初の下りを軽快に降りるうちに徐々に周りが見えるようになってきます。帰りはここをどんな思いで登るのか?それでも今はスタートの遅れを取り戻すために重力に体を任せて降りていきます。
気がつけばキロ5分のペース。これはちょっと早い。でも外の気温は0度。雨合羽を着ているとは言えすこしスピードを落とすと冷たい風が体に流れて寒気を感じます。体を冷やさないためにもしばらくはこのペースを維持する事に。
軽快に走れていたのはここまで。初めてはいた5本指ソックスが靴とすれて10km も走らないうちに足の指先に針で刺したような痛みが走りだす。
20kmの通過タイムは01:58:01。細い山中湖の道のためか、雨に打たれ続けているためか、思いのほか足を使ってしまっている。トイレも行列のため中々思い通りのペースでトイレに立ちよる事もできない。27kmで上着を脱ぎ捨てる予定が寒さがひどいためこのまま雨合羽を着続けて走る事に。
山中湖を出た30㎞で3時間を数分切るペース。ここでクレランの師、O さんと出会い「りょうさん、早い!いいペース」と声をかけられました。しかしトイレに行った待ち時間の間に足が冷え、再スタート切った時に右ひざの関節の中心から激痛が走りました。
40㎞通過タイムは4時間7分。周りは毎年参加している富士山マラソン(旧河口湖マラソン)の見慣れた風景。近くに富士急がある地点。しかしこの頃はフルマラソンでも感じたことが無いほど膝が痛み、このまま棄権してしまおうかとの考えが頭をよぎる。
その時、3週間前クレージーランナーズのみんなとやった14時間ウォークを思い出し、このままあと60㎞を10時間弱。時速6㎞だったら早歩きだ。14時間体を動かす練習はしたから、完走ならできるかもしれないと思い、少し走って少し歩いてを繰り返すようにしました。
最初のうちは1㎞のうち半分位は走れました。
走れる時にはキロ6分、歩くとキロ9分。大体7分30秒ほどのペースで目安になるランナーに追いついては離されという事を10km ほど繰り返しました。
河口湖大橋を通りいったん河口湖から離れ、再び河口湖に入る道。本来ならここで目の前に大きな富士山が見えるはずも、雲に覆われて富士山のすそ野の斜面が見えるだけ。しかしこのころはあれだけ大降りだった雨も小雨になって少し走りやすくはなっている。
ここからは毎年富士山マラソンで通るコース。7-8km進むと西湖に向かう急坂の途中で最初の荷物預かり所がある。スタート地点で預けていた荷物の中にエアサロンパスを入れてあったので、ここでエアーサロンパスを足に吹き付ける事で得られる一時的な走快感を求めて痛めた足が騒がないペースで歩いてみたり走ったり。
河口湖から離れる道を右に進むと西湖にわたる急激な坂。坂は足には厳しいが、もうすぐエイドがあるというサイン。坂の斜度がだんだん厳しくなってきた頃にエイドステーションがある。
痛めた膝や太ももにタイツの上からエアーサロンパスを吹き付け、温かい飲み物を飲んでスタート。
西湖までの急坂は歩いている人も多かったので、周りのペースに合わせるように私も歩き出す。
50㎞から60㎞の区間は回復期間と位置づけ、一時間歩き続ければ膝の痛みが弱まるのでは無いかという期待を込めて歩いてみる。14時間ウォークの練習をやった時にはほんの一分トイレに行っただけで、仲間が遠くの方に進んでいた。どんなに遅く歩いても進んでいる限りは自分でも気付かないほど先に進む事ができる。
西湖のコースを横切ると見慣れた富士山マラソンのコースから外れ精進湖に向かう。
富士五胡と呼ばれる湖の一つ一つたどりついて行くことは励みにもなりこれで湖4つ目。
60km の通過タイムは06:55:39。残り40km 。このまま1キロ10分のペースを刻めばゴールタイムは13時間40分になるはず。
この頃にはコースを逆走しているランナーが増え、どうして逆に向かって走っているのだろう?と不思議に思た。しばらくたって彼らがトップランナーでもう80km 近く走りゴールに向かっていることに気づく。
60㎞を過ぎても膝は回復するどころかますます痛くなる。
もちろん、歩いている限りは大丈夫なのですが、ちょっとでも走ると右の足先の指に刺す痛みが走り、その次に右ひざが痛みという順番で痛む。
1km の中で400歩走れば一キロあたり9分、100歩走れば10分、全く走らなければ10分30秒かかる。痛みを我慢して100歩走り、歩きを繰り返し、400歩走ったらあとは歩く。ガーミンの腕時計が1km進んだ合図を鳴らすと1km を10分以内で走れたかを確認。10分を切っている事に安心し、また100歩走り始める。
そしてついに70km の本栖湖休憩所。
ここで靴下を履き替えると気分転換になると聞いていたが、ここで休憩をしてしまったら制限時間内にゴールできない。エアサロンパスを足に吹き付け5分位で休憩所を後にする。
本栖湖休憩所をまさに出ようとした時にリタイア者を収容するバスも出発して、思わずあれに乗っていこうかと頭によぎる。設営の人達もリタイアする人は荷物を預けないように指示をしている。
この1キロのラップが17分。ロスは7分ほどで抑えらた。この頃は今まで体験したマラソンの中で最も足が痛かった頃。100歩走れたペースはこの頃は30歩が限界。
80キロまでは走らずに回復させることにして多少時間がかかっても走ることを少なくすることに。
ここでクレージーランナーズの仲間S さんとすれ違いました。
Sさんはまるで今から走り始めたようないつも通りの笑顔。一瞬でも知っている人と会うととても元気が出る。
大自然の中にかけられた大きな橋。曇って少し古ぼけた写真のような色にはなっているが一瞬痛みを忘れさせてくれる絶景。
脱水症状でのどはカラカラ。約5km毎にある休憩所は、本来30分ちょっとでつく距離だが、ずっと歩いている私には約一時間に一度しか訪れない。あまりここで時間のロスを作りたくないため、紙コップ一杯の水を歩きながら飲んでいるので、のどの渇きが収まらない。70キロから80キロの頃は今まで記憶していた事が無いほどの痛み。立ち止まるともう動けなくなることがわかっていたので休憩所でもなるべく動きつづけ、うどんも1分で食べて噛みながらスタートするという事でロスを最小限にする。
もう限界、と携帯電話でfacebook を覗くとクレージーランナーズのメンバーがリタイアした情報が次々とアップしている。
このままリタイアするわけには行かないと思い、制限時間で止められるまでは歩き続けようと決心する。
80キロ地点で10:18:16。
計算すると時速5.5km で制限時間内でゴールできる事に。
時速6㎞でしかゴールできていなかった頃と比べるとだいぶ楽になった。でも最後の7㎞の登りの区間はキロ12分かかるかもしれない。ここで時間を稼がなくてはとキロ9分を目指して進むことに。
1キロの中で400歩は走るように、30歩走っては歩き30歩はしっては歩きの繰り返し。ガーミンが1キロの合図をする度に1歩,2歩,3歩,4歩 と走ります。8分55秒、8分57秒と1キロ当たり9分を切ることを、うんざりするほどの回数繰り返す。
コースは見慣れた河口湖の後半。
秋のフルマラソンでは何度となく痛い足を引きずった場所。
90キロ、facebook でエネルギーをもらおうと携帯電話を見るとMさんからの着信。電話をすると
「りょうさん今どこですか?みんな競技場で待っていますから」との声。
みんな待っていてくれているんだ。
みんなもとんでも無い距離走っているのに。
明日仕事の人もいるのに。
ゴールまであと2時間はかかるかもしれないのに。
返答しようとしたら涙声になってしまったので恥ずかしくてすぐに電話切ってしまう。
河口湖と別れを告げ、いよいよ最後の長い長い登坂のスタート。
ウルトラマラソンは歩道を交通ルールを守って進むのがルール。赤になった信号に捕まると、やっとの思いで稼いだ30秒・1分が無情に過ぎていく。永遠に思えるほどの赤信号を卒倒するほど絶望的で見つめながら、信号が変わるのを待つ。信号が変わって進み始めても、痛む足を引きずると渡りきる頃には信号が点滅している。遠くの青信号をなんとしてもわたるために痛みをこらえて走る。
95.1km 最後の関門を通過。これでゴールはさせてくれる事に。
しかしこの頃の坂はさらにきつく、足は痛む。97㎞。坂の途中。ここでリタイアしても今の痛みから考えると正しい判断に思える。あとたった3km。しかし走れない私にとっては後30分もこの痛みを耐える必要がある。
コースの斜度が若干緩くなる。係員が
「もう後は下るだけですよ」の声。
やっとの思いでfacebook にあと2キロと打ち込み、ゴールを目指します。
とうとう競技場が目の前に。
ゴール前、クレランの仲間がコースで出迎えてくれている。I さんがいる。Oさんがいる。みんなが「よく走った。」「すごい。」「感動した」と声をかけてくれる。
痛みと仲間の優しさとで顔くしゃくしゃにしながら100km 通過、あと200m。
中継しているアナウンサーが私の名前を呼んでくれ、最後ゴール!
間に合った。あー、もう動かなくていいんだ。
まさか100kmのマラソンで秒単位のペースメークをしなければならないとは思わなかったが、無事完走でした。13:52:34。40km地点で目標を完走に切り替えた事がよかった。冷静に考えると痛む足で60kmを歩けというのも酷なのだが。
ゴールしてからが実は大変。寒さで震えが止まらない。立ち止まった事で足が完全に動かない。ちょっと前まであれだけ動いていた足がこんなに動かなくなると思うと恐ろしい。エイドで座っていたらきっとゴールする事はできなかった。
仲間達に体支えながら着替えのところに行って、靴を脱ぐところから荷物を出してもらうところまで手伝ってもらい、最後は自宅まで送ってくれた。
翌日は仕事。初ウルトラマラソンの完走はただただ痛みとの闘いだった。facebook に完走をアップするまでは。
仲間がとった写真をメンバーのページに掲載してくれる。
facebook に感動したとのコメントが入る。
レースの翌日は痛みでほとんど寝られず、会社に行くのも大変な思いだったが、この痛みと引き換えに皆が感動したと言ってくれた。
自分一人で参加していたら、今回はきっと完走できなかった。目標タイムにも遠く及ばず突っ込んで撃沈した大失敗レース。
しかし例年7割近い完走率の大会で完走率が51%にとどまったほど過酷な天候でのゴール。そして改めて人から応援され、それにこたえる事でよろこんでもらえるという体験ができた大会。
ウルトラを走りきっても特別な人間になれるわけでは無い。ただ一緒に参加した仲間、大会を作ってくれたボランティアの人々、応援をしてくれた人の温かさを再認識できた体験だった。
勝田マラソンに参加しました。
昨日、勝田マラソンに参加しました。
3時間20分切りを目標にしたものの、結果は3時間35分43秒(ネット)/3時間41分23秒。
D block スタートのロスタイム5分40秒でした。
C block スタートの友人は1分少しのロスだったので、3時間30分以内ならかなりロスがなくスタートできそうです。
35キロ過ぎで右ハムストリングがつってしまいました。
非常に残念ですが、これが今の実力なのでしょう。
思い通りに行かない結果との付き合い方のトレーニングだと思って受け入れたいと思います。
勝田は高校生をはじめとする数多くの人がボランティアをしてくれて、沿道の応援も素晴らしくとても気持ちの良い大会でした。
給水所で高校生の男の子が手前、女の子が奥でスポーツドリンクを配っていて、どうせだから女の子の方からもらおうと思ったら横のランナーとかぶってドリンク取り損ねました。余計な事考えなければよかった。
アトランタオリンピック銀メダリストのワイナイナ選手も参加していて、なんと30キロ位の所で声をかけられました。
嬉しくて100m位ついて行ったら足がつりました。辞めておけばよかった。
いろいろ気づいた事をメモしたいと思います。
●カーボローディング
今回のテストの一つ、カーボローディングをしないで走る、ですがこれは多分成功です。今回のマラソンでもエネルギー切れは感じませんでした。
32キロが過ぎても体的には余裕があり、よし、残りの10キロペース走のつもりで!と加速することもできました。
1週間前には72.0kg だった体重を3日前までに70.8kgまで落とし、そこから多少炭水化物を余計に取る程度の調整をしましたが、それまでの小食に慣れてしまったのかレース当日は70.3kg。これはまずいと当日朝飯を2回に分けておにぎり7個食べました。
炭水化物は足りていたと思うのですが、栄養バランスは崩れていたと思います。
今回右ハムストリングがつった時に、今までで一番痛かったのは、体の中のミネラルバランスが崩れていたのだと思います。
レース後の体重は70.6kg。レース後飲みすぎた??
●体調に応じたレース管理
今回の大きな失敗は、体調に応じたレースマネジメントができなかった所にあります。
入りの10km は45分19秒。まったく苦しくなかったので体調は悪くなかったのだと思います。
しかし、足の疲労がたまっていたのか、12キロ過ぎで早くも左ハムストリングがつりそうになりました。
こんなに早くつりそうになる事はいままでなかったので、この時点でペースを落としておけばよかったのかも知れませんが、このままいけば3時間15分切りもできるかもとこの後も5km 23分ちょっとのペースで押してしまいました。
何度も左足の異変に気づいていたのにごまかしごまかし走っていたのが右足に無理な負担をしいたのだと思います。無警戒だった右足がつって万事休すでした。
●減量
レース前までの減量ではいつも苦労していましたが、野菜中心の食事にする事でかなり楽な減量ができる事がわかりました。昼は野菜とするめいかとおにぎり。これでたんぱく質もばっちり。炭水化物は1食30-40g に抑えると体重も減り炭水化物不足による疲労度も感じませんでした。
●回復食
今回、マラソンが終わってからグルタミン10gほどを飲んで寝たところ、翌日の体の疲れがものすごく軽減されていました。
いつもであれば、朝、体の芯から重く起きるのが辛いのですが今日はそのような芯からの重さというのがありませんでした。
筋肉痛も富士山マラソンの時には3日目にやっと手すりなしで階段上り下りができたのですが、今回はマラソンの翌日から手すりなしの階段上り下りができました。
●メンタルのコントロール
35キロで足がつったあと、自己ベストが更新できないと分かり一気に走る気分が萎えてしまいました。
いやー弱いですね。思い通りにならないと思ったらすぐすねちゃいたくなります。
「無理して走っても意味ないんじゃない?」という悪魔のささやき、残り7km をただただ苦しい、はやく終われと思いながら走っている自分に気づいて、楽しんで走ってないなーと感じました。
全身に感じる筋肉痛、動かない足をひきずりながらも、4月に走るウルトラマラソン100km ではこんな状態でもっともっと長い距離を走る事になるんだからよい練習だと思いなおし、今出来るベストの走りをしようと思い直せた事はよかったと思います。
仕事でもピーピーギャーギャー言いたくなる時にこんな感じで切りかえる事ができたらなーと思います。
3時間20分切りを目標にしたものの、結果は3時間35分43秒(ネット)/3時間41分23秒。
D block スタートのロスタイム5分40秒でした。
C block スタートの友人は1分少しのロスだったので、3時間30分以内ならかなりロスがなくスタートできそうです。
35キロ過ぎで右ハムストリングがつってしまいました。
非常に残念ですが、これが今の実力なのでしょう。
思い通りに行かない結果との付き合い方のトレーニングだと思って受け入れたいと思います。
勝田は高校生をはじめとする数多くの人がボランティアをしてくれて、沿道の応援も素晴らしくとても気持ちの良い大会でした。
給水所で高校生の男の子が手前、女の子が奥でスポーツドリンクを配っていて、どうせだから女の子の方からもらおうと思ったら横のランナーとかぶってドリンク取り損ねました。余計な事考えなければよかった。
アトランタオリンピック銀メダリストのワイナイナ選手も参加していて、なんと30キロ位の所で声をかけられました。
嬉しくて100m位ついて行ったら足がつりました。辞めておけばよかった。
いろいろ気づいた事をメモしたいと思います。
●カーボローディング
今回のテストの一つ、カーボローディングをしないで走る、ですがこれは多分成功です。今回のマラソンでもエネルギー切れは感じませんでした。
32キロが過ぎても体的には余裕があり、よし、残りの10キロペース走のつもりで!と加速することもできました。
1週間前には72.0kg だった体重を3日前までに70.8kgまで落とし、そこから多少炭水化物を余計に取る程度の調整をしましたが、それまでの小食に慣れてしまったのかレース当日は70.3kg。これはまずいと当日朝飯を2回に分けておにぎり7個食べました。
炭水化物は足りていたと思うのですが、栄養バランスは崩れていたと思います。
今回右ハムストリングがつった時に、今までで一番痛かったのは、体の中のミネラルバランスが崩れていたのだと思います。
レース後の体重は70.6kg。レース後飲みすぎた??
●体調に応じたレース管理
今回の大きな失敗は、体調に応じたレースマネジメントができなかった所にあります。
入りの10km は45分19秒。まったく苦しくなかったので体調は悪くなかったのだと思います。
しかし、足の疲労がたまっていたのか、12キロ過ぎで早くも左ハムストリングがつりそうになりました。
こんなに早くつりそうになる事はいままでなかったので、この時点でペースを落としておけばよかったのかも知れませんが、このままいけば3時間15分切りもできるかもとこの後も5km 23分ちょっとのペースで押してしまいました。
何度も左足の異変に気づいていたのにごまかしごまかし走っていたのが右足に無理な負担をしいたのだと思います。無警戒だった右足がつって万事休すでした。
●減量
レース前までの減量ではいつも苦労していましたが、野菜中心の食事にする事でかなり楽な減量ができる事がわかりました。昼は野菜とするめいかとおにぎり。これでたんぱく質もばっちり。炭水化物は1食30-40g に抑えると体重も減り炭水化物不足による疲労度も感じませんでした。
●回復食
今回、マラソンが終わってからグルタミン10gほどを飲んで寝たところ、翌日の体の疲れがものすごく軽減されていました。
いつもであれば、朝、体の芯から重く起きるのが辛いのですが今日はそのような芯からの重さというのがありませんでした。
筋肉痛も富士山マラソンの時には3日目にやっと手すりなしで階段上り下りができたのですが、今回はマラソンの翌日から手すりなしの階段上り下りができました。
●メンタルのコントロール
35キロで足がつったあと、自己ベストが更新できないと分かり一気に走る気分が萎えてしまいました。
いやー弱いですね。思い通りにならないと思ったらすぐすねちゃいたくなります。
「無理して走っても意味ないんじゃない?」という悪魔のささやき、残り7km をただただ苦しい、はやく終われと思いながら走っている自分に気づいて、楽しんで走ってないなーと感じました。
全身に感じる筋肉痛、動かない足をひきずりながらも、4月に走るウルトラマラソン100km ではこんな状態でもっともっと長い距離を走る事になるんだからよい練習だと思いなおし、今出来るベストの走りをしようと思い直せた事はよかったと思います。
仕事でもピーピーギャーギャー言いたくなる時にこんな感じで切りかえる事ができたらなーと思います。
今週末、勝田マラソンに参加します。
今週末、勝田マラソンに参加します。
昨日、お気に入りのレースシューズを使って、昨日時計を見ずに少しきついペースで走って見ました。結果は5km で23分05秒。このままのペースで走れば3時間15分とほぼレースペースで走れたのは自信になりましたが、途中ぬかるんだ泥道にはまって綺麗なシューズは泥だらけ。。。。凹みました。
今回のマラソンでは、2つのチャレンジをしてみようと思っています。
1. 過度なカーボローディングをしない
いつもカーボローディングで食べ過ぎて体重が増えるので、今回は少し控えめにしようと思っています。
カーボローディングしない理由はいくつかあって、
- 毎回、ハンガーノックでは無く、足がつってペースダウンする。
- 今の私のフルのベストでは、ハンガーノックにならないはず。そんなにギリギリで走り通せていない。
- 10月に朝飯抜きの30km ペース走が出来た
- レース中にも捕食する予定
と自分を納得させていますが、
まぁ要は正月に飲み食いしすぎて体重が4kg 増えたのが一番大きな理由です。
人の体ってすごいですね。1ー2週間であっという間に体重が増えていきました。
このままでは戦えない!!と昨日まで米食べないで野菜ばっかり食べていたら3kg落ちました。過度なカーボローディングはしないつもりですが、カーボ空っぽでもまずいので、今日・明日はしっかりがっつり糖分をいただきます。
2. かかとを上げるフォーム
かかとを上げるフォームは、ふくらはぎで蹴ってしまうフォームになるので、ランナーの本にはやってはいけないフォームとされていますが、私の場合はかかとを上げないようにという意識が強すぎてくつの裏を見せないように最後にハムストリングや前太ももの力で足が上がるのを抑えつけていました。
試しにかかとをお尻につけるようなフォームにすると、ハムストリングの力がうまく抜けたので、今回はこのフォームを意識してみようと思います。
いつもハムストリングがつるので、うまく足の力を抜いて走れれば、30km以降もつらないで持ってくれるかも、と期待しています。
今回は合わない靴はいて血豆作ったり、家で寝ぼけてとがったもの踏んで足の裏を怪我したりと散々でしたが、ランナーズニーは出ていないし、風邪もひいていないし、そこそこのコンディションで走れそうです。(太っているのを除けば。)
できれば3時間20分切りたいなー
昨日、お気に入りのレースシューズを使って、昨日時計を見ずに少しきついペースで走って見ました。結果は5km で23分05秒。このままのペースで走れば3時間15分とほぼレースペースで走れたのは自信になりましたが、途中ぬかるんだ泥道にはまって綺麗なシューズは泥だらけ。。。。凹みました。
今回のマラソンでは、2つのチャレンジをしてみようと思っています。
1. 過度なカーボローディングをしない
いつもカーボローディングで食べ過ぎて体重が増えるので、今回は少し控えめにしようと思っています。
カーボローディングしない理由はいくつかあって、
- 毎回、ハンガーノックでは無く、足がつってペースダウンする。
- 今の私のフルのベストでは、ハンガーノックにならないはず。そんなにギリギリで走り通せていない。
- 10月に朝飯抜きの30km ペース走が出来た
- レース中にも捕食する予定
と自分を納得させていますが、
まぁ要は正月に飲み食いしすぎて体重が4kg 増えたのが一番大きな理由です。
人の体ってすごいですね。1ー2週間であっという間に体重が増えていきました。
このままでは戦えない!!と昨日まで米食べないで野菜ばっかり食べていたら3kg落ちました。過度なカーボローディングはしないつもりですが、カーボ空っぽでもまずいので、今日・明日はしっかりがっつり糖分をいただきます。
2. かかとを上げるフォーム
かかとを上げるフォームは、ふくらはぎで蹴ってしまうフォームになるので、ランナーの本にはやってはいけないフォームとされていますが、私の場合はかかとを上げないようにという意識が強すぎてくつの裏を見せないように最後にハムストリングや前太ももの力で足が上がるのを抑えつけていました。
試しにかかとをお尻につけるようなフォームにすると、ハムストリングの力がうまく抜けたので、今回はこのフォームを意識してみようと思います。
いつもハムストリングがつるので、うまく足の力を抜いて走れれば、30km以降もつらないで持ってくれるかも、と期待しています。
今回は合わない靴はいて血豆作ったり、家で寝ぼけてとがったもの踏んで足の裏を怪我したりと散々でしたが、ランナーズニーは出ていないし、風邪もひいていないし、そこそこのコンディションで走れそうです。(太っているのを除けば。)
できれば3時間20分切りたいなー
過去のよい状態を思い出す事のできるNLP アンカリングを体験しました
こんにちは
連休最終日の今日は今年初めてのコーチングを受けました。
今回はNLP のアンカリング。
アンカリングは、成功体験の気持ちや感覚を体のある部分(どこでもよい。自分で決める事ができる。)をスイッチにしていつでも思い起こす事ができるようにするワークです。
今回は、去年の10月6日、1500m で人生初の5分切りをした時の感覚を思い出し、ビジネスのシーンでも使えるようにしたいという目的でアンカリングのワークを行いました。
まずは1500m レースの感覚を十分思いだす事からスタート。
自分にとってあの1500m はどんな意味があったのかを振り返ってみました。
高校時代に出した1500m は5分3秒。自分はいつもギリギリ届かない奴だと思ってきた中、40超えてから5分切りできたという実績ができたら、年齢は関係ないって心から言えるよな。今の練習タイムじゃ難しいけど、この大会で高2の時のタイムが出れば来年あたり5分切りにチャレンジできるかもと思って大会のエントリーをしました。
レース直前、ゼッケン受け取り以外の受付をしなければならない事を知らずに、必死にダッシュして受付を済ました事。
スタートラインに立つまでぜいぜいしながら走った事で、緊張する間もなかった事。
案内がしっかりしていないと他人を責めるわけではなく、足りなかったアップが出来たと捉える事ができた事。
ずるずると3人に抜かれ、やっぱり前半飛ばしても届かないんだろうなと思った事。
残り1周となった時点で3分43秒。5分切りより3秒ペースが遅れていたが、ラスト一周の鐘を聞いて、23年ぶりに高校時代に破れなかった「あと3秒」に再挑戦するチャンスをもらったという気持ちになった事。
最後の直線で4分50秒の表示を見て、「もうだめだ間に合わない」では無く、「行ける!」と直感してダッシュして2人抜いた事。
あのレースで味わった感覚を十分味わい(アソシエート)その気持ちをいつでも思い起こせるスイッチボタンの作成(アンカリング・手でその場所を触る)をしました。
その後、今回の体験に対してラベリング。
このスイッチは何のために押すのか?の意味づけを考えてみました。
この体験から何を学んだかを思い返してみると、いつもの自分の思考パターンだったら、いろいろ「できない」理由、「こうしなければならない」理由を考えて行動にストップをかけるのに、あのレースの時に限っては思い浮かんでくる考えは、不思議と「間に合う」「できる」という事ばかり。
スタート時点のトラブルも、「受付が分かりにくいよ。スタート前に疲れちゃったよ」では無く、「足りないアップの代わりになった。」「緊張する事忘れていた」と捉える事ができたし、残り1周で今から考えるとどう考えても厳しいペースで走らないと間に合わない状況になっても「もう一度チャンスをもらった」と捉える事ができた。
普段、自分の思考のパターンがいかにネガティブで行動にブレーキをかけていたかを感じたのと同時に、今回のアンカリングをそのブレーキを外すスイッチにしようと思いました。
最後にその感覚をいつでも思い返す事ができるかの検証。
今年起こるであろう、ビジネスの様々なシーンを思い浮かべ、嫌な気分を味わいます。
今日は夜10キロ走ろうと決めているにも関わらず、急な仕事が入ってしまう場面、しかもそのお客さんがヒートアップしている時を想像しながらアンカリングのスイッチを押してみる。
「今日一日練習できなくても、大丈夫だよ。23年後に5分切れた事に比べれば1日なんて一瞬だよ。」
という感覚になり、今は目の前の仕事をやっつけようという気持ちになりました。
さて、明日から仕事がスタート。
今年もいろいろと思い通りに行かない事も多いと思うけど、いろんな苦しみ、悔しさも、大きな事をやるための必要なステップ、次に笑うための演出、ランニングでいうインターバル走の4本目・5本目みたいなものだと捉えて、その悔しさ・苦しみを存分に味わって行きたいと思います。
連休最終日の今日は今年初めてのコーチングを受けました。
今回はNLP のアンカリング。
アンカリングは、成功体験の気持ちや感覚を体のある部分(どこでもよい。自分で決める事ができる。)をスイッチにしていつでも思い起こす事ができるようにするワークです。
今回は、去年の10月6日、1500m で人生初の5分切りをした時の感覚を思い出し、ビジネスのシーンでも使えるようにしたいという目的でアンカリングのワークを行いました。
まずは1500m レースの感覚を十分思いだす事からスタート。
自分にとってあの1500m はどんな意味があったのかを振り返ってみました。
高校時代に出した1500m は5分3秒。自分はいつもギリギリ届かない奴だと思ってきた中、40超えてから5分切りできたという実績ができたら、年齢は関係ないって心から言えるよな。今の練習タイムじゃ難しいけど、この大会で高2の時のタイムが出れば来年あたり5分切りにチャレンジできるかもと思って大会のエントリーをしました。
レース直前、ゼッケン受け取り以外の受付をしなければならない事を知らずに、必死にダッシュして受付を済ました事。
スタートラインに立つまでぜいぜいしながら走った事で、緊張する間もなかった事。
案内がしっかりしていないと他人を責めるわけではなく、足りなかったアップが出来たと捉える事ができた事。
ずるずると3人に抜かれ、やっぱり前半飛ばしても届かないんだろうなと思った事。
残り1周となった時点で3分43秒。5分切りより3秒ペースが遅れていたが、ラスト一周の鐘を聞いて、23年ぶりに高校時代に破れなかった「あと3秒」に再挑戦するチャンスをもらったという気持ちになった事。
最後の直線で4分50秒の表示を見て、「もうだめだ間に合わない」では無く、「行ける!」と直感してダッシュして2人抜いた事。
あのレースで味わった感覚を十分味わい(アソシエート)その気持ちをいつでも思い起こせるスイッチボタンの作成(アンカリング・手でその場所を触る)をしました。
その後、今回の体験に対してラベリング。
このスイッチは何のために押すのか?の意味づけを考えてみました。
この体験から何を学んだかを思い返してみると、いつもの自分の思考パターンだったら、いろいろ「できない」理由、「こうしなければならない」理由を考えて行動にストップをかけるのに、あのレースの時に限っては思い浮かんでくる考えは、不思議と「間に合う」「できる」という事ばかり。
スタート時点のトラブルも、「受付が分かりにくいよ。スタート前に疲れちゃったよ」では無く、「足りないアップの代わりになった。」「緊張する事忘れていた」と捉える事ができたし、残り1周で今から考えるとどう考えても厳しいペースで走らないと間に合わない状況になっても「もう一度チャンスをもらった」と捉える事ができた。
普段、自分の思考のパターンがいかにネガティブで行動にブレーキをかけていたかを感じたのと同時に、今回のアンカリングをそのブレーキを外すスイッチにしようと思いました。
最後にその感覚をいつでも思い返す事ができるかの検証。
今年起こるであろう、ビジネスの様々なシーンを思い浮かべ、嫌な気分を味わいます。
今日は夜10キロ走ろうと決めているにも関わらず、急な仕事が入ってしまう場面、しかもそのお客さんがヒートアップしている時を想像しながらアンカリングのスイッチを押してみる。
「今日一日練習できなくても、大丈夫だよ。23年後に5分切れた事に比べれば1日なんて一瞬だよ。」
という感覚になり、今は目の前の仕事をやっつけようという気持ちになりました。
さて、明日から仕事がスタート。
今年もいろいろと思い通りに行かない事も多いと思うけど、いろんな苦しみ、悔しさも、大きな事をやるための必要なステップ、次に笑うための演出、ランニングでいうインターバル走の4本目・5本目みたいなものだと捉えて、その悔しさ・苦しみを存分に味わって行きたいと思います。



