波乱万笑女社長 優菜さんの人生ハイライト 1
こんにちは。
本日の夢プロジェクト・人生のハイライトインタビューは、
波瀾万笑女社長 優菜 さんです。
長い記事となりましたので、2回に分けて公開します。
(第二回は夕方20:00 に公開します。)
(写真は、優菜さんが書いた習字の文字です。
インタビューの記念に優菜さん直筆の「奇跡」の文字をいただきました。)
優菜さんは、
クッキングお父さん こと 70歳まで現役:たけさん
http://ameblo.jp/masayasu555/
からご紹介いただきました。
たけさんからのご紹介という事をお伝えしたところ、優菜さんからも一発で信用していただきました。
優菜さんの強みは、着想、戦略性、学習欲、達成欲、親密性です。
インタビュー当日、私との待ち合わせの時に携帯電話で話した優菜さんの声は本当に明るい声で、お会いする前
から「今日のインタビューは上手く行くな」とウキウキする気分になりました。
そして優菜さんの人生はブログのタイトルの通り波乱万丈でした。
その詳細は、
本人のブログに書かれていますが、
http://ameblo.jp/enpower/entry-10002803090.html#main
人生のハイライトインタビューに必要な部分を一部編集・抜粋・要約してご紹介いたします。
(文面の関係上、原文から一部変更しておりますのでご容赦ください。)
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優菜は18才の頃、当時の彼と駆け落ち同然に結婚することになった。
彼女の旦那は 暴力をふるうことに 快感を覚える人だった。
自分の子供である乳飲み子を 畳に投げ捨て
彼女の上に馬乗りになって ニギリ拳で優菜の顔を殴り続けた。
殴り続けながら 笑みを浮かべてる・・・
人間って 無限なんだ どうにでも 染まってしまう生き物なんだって。
体験で 無意識に気づいた最初だったような気がする・・・
家にお金がなくなり 彼女は働き続けた。
旦那はお産のために貯めていたわずかなお金も
博打と女に持っていったようだ。。。
2年くらい経ったとき 無茶な生活をしていた旦那のお金が
まわらなくなっていた。
法的に抱える借金は300万あった。
それ以外は つっぱねた。彼女は強くなっていた。
彼女の腕には2つ 傷がある
”死にたい”と思った経験って
誰にでもありますよね・・・
彼女も 同様 弱い人間だったから結婚生活の中で
2回自殺未遂を起こしてしまった。
優菜の母親は、
”自分の娘の責任は 親がとるべきだ。今 逃げないことが
娘や孫の将来の人生に大切なことだ甘やかしてはいけない”と言い切った
母親の強さに感動した。
この強い背中を見て 彼女は子育てを放棄しないと心に誓った・・・
母子家庭の私には資格しかない と思った。
安価な通信教育で資格を取得、晴れてOLになれた。
やっと普通の人間になれたと思った瞬間だった。
その会社では毎日夜中の2時まで徹夜した。
体重が13kg一度に減り 月経が停止し 毎日貧血を起こすほど
体力が消耗した
”いくらでも仕事がある。定時に帰れると思うな”といわれた
そして”やめてしまえ”と肩をつかれた。。。
OL1年生で 脱落・・・
また 1から 就職探しが始まる
この頃の体重は 36kg になってしまっていた
彼女はハロ-ワ-クに通うことになった
ハロ-ワ-クの担当者は
外郭団体の経理事務を推薦してくれた
給与も賞与も市役所に準ずるから安定があるらしい
競争率は10倍だった。
結局 勤めていた前会社への調査結果で
採用された。奇跡だって思った。
この頃から 彼女のココロに すこし余裕が出てきた
離婚以来 はじめての恋との出会いがあった
優菜は 24歳だった
母子家庭の優菜との恋は 許されない恋に近かったのかも知れない
でも 恋って お互い 感情の感じ合いだから
理屈じゃないから 精一杯 愛を信じたかった
彼女は 彼を信じた
ある日
一本の電話がはいった
”おめでとう やったね” 2人の恋を応援してくれていた友人の一報
その電話は 彼女の誕生日を彼と2人で祝った あくる日だった
”婚約したんだね”って。。。
”はっ??”昨日 彼とそんな話をしたっけ???
彼の実家に婚約の垂れ幕がかかっていたから
優菜との婚約だと思って祝いの電話だった。。。
彼女は 受話器を 落とした。 全身の力が抜けた
それは優菜 のはずがない
彼は 他の女性と婚約 したのだった
皮肉な人生を 何度も何度も 経験する自分を
優菜は 恨んだ
優菜は 運命の女性有紀のおかげで副業イベントコンパニオンを
始めることになった
一生懸命だった
その姿が 認められ 管理職として コンパニオンの指導を
行うことになった
指導のために マナ-講習会を受講した
講師業が向いていると 講師の勉強のお誘いがあった
このときの先生のひと言が 私の直観に響いた
悲しいときでも 人前で 笑顔を見せなさいって。
苦しくても 口角をあげて 笑顔という 幸せを人前で
表現しなさいって。。。
そうすると ご褒美に自分の心が明るく変わるからって。
大失恋した私は 笑顔で救われた。。。
優菜は 仕事に没頭することで
自分の傷心を癒そうとした
優菜は 地方新聞の取材を受けることが多くなった
各地方新聞 コラムの執筆。。。
優菜は 毎日仕事が楽しくて仕方がなかった
もし あの苦労がなかったら 私は講師を目指したり
会社を設立する夢を持つことはなかっただろう
1994年 インテリジェンス エ-ジェンシ-縁 として個人事業として創立
特に コンパニオン指導に関しては徹底して 教育した
飛躍の年だった。
色々ありながら 会社の方も落ち着き
学校の講師も 順調で評判もあり生徒とのコミュニケ-ションの取り方も
ベテランになった頃、娘が反抗期になった。
ある日から 坂を転げ落ちるように 子供が変化していく。
家出をはじめ次から次へと心配事を繰り返す
同級生のいじめで顔面一ヶ月の重傷・・・
とどめは
子供の言葉
『お母さんは 自分の子供より 人の子が 大事なんでしょ?』
講師業をやめよう。
本気で 思った。
放心状態になっていた母を助けてくれたのは
なんと
優菜の教え子だった。
『 俺は 苦しくて 相談に来たとき 先生が助けてくれなかったら
学校をやめていた
先生は 俺の命の恩人やから
絶対 やめないで
必ず そんな背中 娘さんは 見てるから わかるときがくる
俺も 散々 親泣かしたけれど 今 すごく大切だから 』
そういって 家を飛び出した娘をいつも
連れ戻してくれるのが この教え子だった。
そんな姿を見て 娘から一通の手紙が届いた。
『ごめん
私が 一番尊敬できるのは お母さん
今 はっきり わかった
お母さんの生徒が
先生が 好きだから 先生の娘は 俺が絶対守るからって
言ってたよ。 こんなすばらしいお母さん持ってよかったねって
言われた。お母さんはすごいって思った
わたしもお母さんみたいになりたい・・・ 』
声をだして 泣きじゃくったことを今も忘れない。
平成16年 1月8日 優菜の会社に賛同し一緒にビジネスを展開していた人が
詐欺容疑で逮捕された。
彼女の会社は ”ぐる”のレッテルを貼られ
教育関連の仕事をしている彼女にとって信用は半分以上失った。
詐欺による被害額は2000万。
せっかく縁があって親身になってくれる社員 信用 お金 夢 そして
人生のパ-トナ-まで全て失った。
優菜は 詐欺にあった損害を穴埋めしなくてはならなかった。
彼女の周辺で 苦労して会社を成功に導いている社長や
詐欺の経験から立ち直った社長等に
色々アドバイスをいただいた
逆境を乗り越えた方たちは
半端ではない苦労を経験していた
ドン底を知っていた
彼たちに共通していたのは あきらめない ということだった
逆境を乗り越えた人たちには 奇跡が起こり
再建している。。。
そして 現在 順調に会社が好転している
もちろん 自己破産しても再建は可能だと思う
ただ 自己破産は 人に迷惑をかけなくてはならない
後に その責任が巡り回ってくるものだという
色々な方に アトバイスをいただいたが
結果的に 逆境を乗り越えた方たちは
何よりも 乗り越えた自信と誇りがあるので
人間的にも深みがある気がする
優菜は 後に 価値のある人生を望んでいた
そして 自分は 限界まで乗り越える努力をすると決めた
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以上、優菜さんのブログから要約・抜粋・一部編集しました。
抜粋するには余りにも感動的な話が多かったのですが、
インタビューに必要な背景という意味で年代の流れを
抜粋しました。
http://ameblo.jp/enpower/entry-10002803090.html#main
次の記事で、優菜さんのインタビュー内容を公開します。
記事は今夜20:00 にアップします。
今まで30名のインタビューを行い、活動内容をPDF にまとめました。
(無料です。)
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