畏怖の念

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FB友達の一人がMIXIでこんなつぶやきをアップしていました。


『日本人が規範を守るのは違法を犯す事を「おそれる」から。みえないものへの「おそれ」を知ってるから。この”おそれ”を取っ払う「呪文」が「国民主権」。主権者とおだて奉られ「生きている」と「生かされている」との意味を正確に認識できなくなり、その根本にあたる感謝の心を奪うのが「国民主権」』


なるほどと思い繰り返し読みました。


「生かされている」という感謝の心は両親ご先祖へと繋がる祭祀の心です。

おれ様がという国民主権では、自己中心の感謝を忘れた国民にしかなりませんね。


お墓掃除

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大晦日も明日に迫った本日


お墓掃除と家の大掃除を行いました。


お墓の周りには水仙が咲いていました。


花はまだ開いていませんでしたが、


後ひと月もすれば咲き乱れることでしょう。



お墓を掃除しながら、ふとご先祖様に思いを馳せました。


何代ものご先祖さまからの繋がりで、今日の私がある。


○○○家の名に恥じないように、生きてゆこう。


憲法のお勉強

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天皇と「法・政治権力」との関係について

三潴信吾先生は、その著『日本憲法要論』において、「世界中で、
成文憲法が先に出来て、然る後に国家が成立した國は一つも無い。
国家生活の根本事実が出現し、これと同時に、またはその後の時点
に於て、憲法典が制定される。」「日本においては明治二十三年十
一月二十九日の大日本帝国憲法施行の日まで、成文憲法は無かった
が、何人も、その故を以て、それまで日本国家が成立して居なかっ
たと見ることは出来ない」と論じておられる。

「國王といへども法の下にあるといふのが『法の支配』の原点であ
る」といふ考へ方がある。これは、イギリスの法思想であるといふ
。かかる法思想は、「王の権威と権力は神によって与へられた」と
する西洋の立憲君主國家の考へ方であって、わが國には通用しない
し、通用させてはならない。
...
天皇は権力者ではなく祭り主である。わが國の國體は祭政一致であ
る。天皇は法の上におられるとか下におられるとかではなく、天皇
の「おほみことのり」そのものが「法」なのである。わが國におい
ては、現御神日本天皇の「大御心」「勅」(みことのり)が絶対に
して最高の法である。わが國の「法の起源」は、祭り主たる天皇が
神の意志を傳へる『のりごと』である。法(のり)は宣(のり)で
ある。天皇の上に「法」があるのではなく、天皇の宣命(おほせご
と・大御心)が法なのである。

日本と英國とは國體・歴史・傳統・風俗・習慣が異なるのであるか
ら、英國の法思想をそのまま日本に取り入れることは出来ない。

祭祀國家日本の祭祀主・天皇に関する神聖なる事柄は、世俗の権力
問題ではない。即ち決して『現行憲法』が規定する「政治権力作用
としての國政」ではない。政治権力や成文法によって、天皇を規制
し拘束し奉るようなことがあってはならない。

國體の上に成文法が成立するのである。成文法があって國體が成立
するのではない。わが國の國體は「祭政一致」である。天皇は権力
者ではなく祭り主である。したがって、天皇の「おほみことのり」
そのものが「法」なのである。

わが國の「法の起源」は、祭り主たる天皇が神の意志を傳へる「の
りごと」である。祭政一致のわが國の国柄においては、祭祀主たる
天皇が神の意志として宣(の)べられた事が最高の「法」と考へら
れた。わが國においては、現御神日本天皇の「大御心」「勅」(み
ことのり)が絶対にして最高の「法」である。天皇は、権力や成文
法を超越された神聖なるご存在である。小沢一郎をはじめとする現
代の政治家はこの事を正しく認識すべきである。