いよいよ、木元さん&ちほさんの山行ツアーに初めて参加する日が近づいて来ました。
そこで、その前にわく友の皆さまにお伝えしておくべきと思い、このブログをアップしました。
ちほさんとくまきちさんには、先日お会いした時に簡単にはお伝えしています。
実は、右足が不自由なのです。ひょっとしたら、お会いした時にお気づきになった方もおられるかも知れませんが・・・
日常生活では大した支障はないのですが、登山となると、2本のストック無しでは到底無理なのです。特に下りでは、場合によってはストックは松葉杖の如くなのです。
傍から見ると少々痛々しい感じがするのでしょうね。「あの人、足を怪我しちゃったんだね。」という目で見られています。
でも、ご安心ください。2本のストックがあれば、登山は慣れたものです。なので、よろしくお願いいたします。
ここからは、今に至るまでの過程を記します。
高校1年生の時に、自分と同じように山に魅せられた友人と出会うことができ、休日のたびにその友人と山に登っていました。
高校生のときの1枚です。ガスで景色が見えません。

大学に入ってもそれは続きます。大学生のときの1枚です。これもガスで何も見えず。
登山の写真は、この2枚の他にあと2枚あったはずですが見当たりません。

当時の登山のスタイルは、ニッカーボッカーにキセリングが一般でした。
キセリングは重さのほとんどを肩で背負うので、2泊の縦走のときは肩に食い込んで非常に重かったのと、左右に振られ非常に危険でした。
ギアが今のように軽量化されておらず、本当に重かったです。そのため、カメラを持って行くのも稀でした。
そして、大学4年生のときに車に跳ねられてしまい、右大腿骨膝関節を骨折してしまうのです。手術ミスもあり、膝周りの組織と癒着も起こして障害が残ってしまいました。
リハビリを含めて6ヶ月間入院しました。そのときに、3年も会っていなかった元カノが見舞いに来てくれました。
エニック:「とうとう山に登れない身体になっちゃった ゚(゚´Д`゚)゚ 」
元カノ:「趣味を変えればいいじゃない ┐( ̄ヘ ̄)┌ 」
エニック:「(´・ω`・)エッ? ・・・・そ、そ、そうだね・・・」
その後、近所に剣道の道場が出来たのを機に剣道を始めることにしました。
正座も蹲踞(そんきょ)もできない異色の剣士。正座と蹲踞ができないことを除けば、何の問題もなく健常者に混じって剣の道を突き進むことができました。

数年後には剣道三段に昇段し、区の大会では準優勝という成績も修めたのですが、仕事の都合で稽古の時間帯と合わず、とうとう道場を去ることに・・・
次に興味を持ったのがスカッシュでした。とにかく凄い運動量と神業のようなプレイに魅了され、フリーの時間帯に通うことが出来たので早速入会しました。

スカッシュの動きから来る右膝へのダメージは大きく、アイシングが不可欠でした。ずっと続けたかったのですが、数年でクラブが潰れてしまい、スカッシュともおさらば・・・
そして、今から8年くらい前になりますが、到底山とは縁があるとは思えないメタボの大学時代の友人が、「大山(おおやま)に登らないかい?」と、誘って来ました。それも、下社まではケーブルカーを利用して。
考えた末に、何かがあってもケーブルカーがあるから大丈夫かなと、ちょっと不安ではありましたが、大山に登ることを決心しました。
結果、ボロボロ状態ではありましたが何事もなく、ちょっと自信が付いたような、いやいや山はそんなに甘くないかな・・・と言う感じでした。
でも、その時にこの友人と一緒に低山でいいから、たまには山を楽しみたいなぁと、思いました。
ところが、友人はというと、下山で膝を痛めてしまい、金輪際、山には登らないときっぱり。
残念に思っていたところ、その友人は翌年から、東京近郊の山々を毎週のように登り始め、ついには富士山、南アルプス、中央アルプス、北アルプスの山々に次々と登頂。テントを背負って2泊の縦走、雪山やロッククライミングまでも。
何回か一緒に山に行きましたが、今では相手にしてくれません(´;ω;`)
仕方なく、今はソロで登るか、スカッシュ仲間だった女性に声をかけて登っています。
おわり
そこで、その前にわく友の皆さまにお伝えしておくべきと思い、このブログをアップしました。
ちほさんとくまきちさんには、先日お会いした時に簡単にはお伝えしています。
実は、右足が不自由なのです。ひょっとしたら、お会いした時にお気づきになった方もおられるかも知れませんが・・・
日常生活では大した支障はないのですが、登山となると、2本のストック無しでは到底無理なのです。特に下りでは、場合によってはストックは松葉杖の如くなのです。
傍から見ると少々痛々しい感じがするのでしょうね。「あの人、足を怪我しちゃったんだね。」という目で見られています。
でも、ご安心ください。2本のストックがあれば、登山は慣れたものです。なので、よろしくお願いいたします。
ここからは、今に至るまでの過程を記します。
高校1年生の時に、自分と同じように山に魅せられた友人と出会うことができ、休日のたびにその友人と山に登っていました。
高校生のときの1枚です。ガスで景色が見えません。

大学に入ってもそれは続きます。大学生のときの1枚です。これもガスで何も見えず。
登山の写真は、この2枚の他にあと2枚あったはずですが見当たりません。

当時の登山のスタイルは、ニッカーボッカーにキセリングが一般でした。
キセリングは重さのほとんどを肩で背負うので、2泊の縦走のときは肩に食い込んで非常に重かったのと、左右に振られ非常に危険でした。
ギアが今のように軽量化されておらず、本当に重かったです。そのため、カメラを持って行くのも稀でした。
そして、大学4年生のときに車に跳ねられてしまい、右大腿骨膝関節を骨折してしまうのです。手術ミスもあり、膝周りの組織と癒着も起こして障害が残ってしまいました。
リハビリを含めて6ヶ月間入院しました。そのときに、3年も会っていなかった元カノが見舞いに来てくれました。
エニック:「とうとう山に登れない身体になっちゃった ゚(゚´Д`゚)゚ 」
元カノ:「趣味を変えればいいじゃない ┐( ̄ヘ ̄)┌ 」
エニック:「(´・ω`・)エッ? ・・・・そ、そ、そうだね・・・」
その後、近所に剣道の道場が出来たのを機に剣道を始めることにしました。
正座も蹲踞(そんきょ)もできない異色の剣士。正座と蹲踞ができないことを除けば、何の問題もなく健常者に混じって剣の道を突き進むことができました。

数年後には剣道三段に昇段し、区の大会では準優勝という成績も修めたのですが、仕事の都合で稽古の時間帯と合わず、とうとう道場を去ることに・・・
次に興味を持ったのがスカッシュでした。とにかく凄い運動量と神業のようなプレイに魅了され、フリーの時間帯に通うことが出来たので早速入会しました。

スカッシュの動きから来る右膝へのダメージは大きく、アイシングが不可欠でした。ずっと続けたかったのですが、数年でクラブが潰れてしまい、スカッシュともおさらば・・・
そして、今から8年くらい前になりますが、到底山とは縁があるとは思えないメタボの大学時代の友人が、「大山(おおやま)に登らないかい?」と、誘って来ました。それも、下社まではケーブルカーを利用して。
考えた末に、何かがあってもケーブルカーがあるから大丈夫かなと、ちょっと不安ではありましたが、大山に登ることを決心しました。
結果、ボロボロ状態ではありましたが何事もなく、ちょっと自信が付いたような、いやいや山はそんなに甘くないかな・・・と言う感じでした。
でも、その時にこの友人と一緒に低山でいいから、たまには山を楽しみたいなぁと、思いました。
ところが、友人はというと、下山で膝を痛めてしまい、金輪際、山には登らないときっぱり。
残念に思っていたところ、その友人は翌年から、東京近郊の山々を毎週のように登り始め、ついには富士山、南アルプス、中央アルプス、北アルプスの山々に次々と登頂。テントを背負って2泊の縦走、雪山やロッククライミングまでも。
何回か一緒に山に行きましたが、今では相手にしてくれません(´;ω;`)
仕方なく、今はソロで登るか、スカッシュ仲間だった女性に声をかけて登っています。
おわり
5月5日は、こどもの日。こどもの日と言えば、ピザの日でしょ!
と、勝手に決めつけてピザ会をすることになりました。
今回は、ピザ生地作りの工程も書き記したいと思います。
小麦粉は、イタリアのカプート社の「サッコロッソ」が手の入らなくなったので「クオーコ」を使います。
クオーコ1kgに対して、ぬるま湯600mL、塩10g、ドライイースト5gを用意します。
塩はミネラルが豊富な三重県二見の「岩戸の塩」、ドライイーストはピザ用サフ・ドライイーストを使います。ドライイーストって普通、独特の臭みがあるのですが、これはその臭みがありません。

小麦粉はふるいにかけておきます。

蕎麦打ち用のこね鉢にぬるま湯を600mLと塩、ドライイーストを入れます。こね鉢にふるいにかけたときの粉が付いてますが気にしないでください。

そこに小麦粉1kgのうちの6割くらいを入れてかき混ぜます。蕎麦打ちは、こね鉢の中に入っている小麦粉に水を入れていきますので、全く逆の作業になります。


さらに、残りの小麦粉の半分くらいを足して捏ねていきます。べたついて来たら、小麦粉を足していきます。捏ね方は、拳で奥の生地を手前に被せて、上から拳でこね鉢に捻じ込むようにします。

生地をつまんで引っ張ってみて、すぐに切れてしまう場合はまだまだです。切れずに伸びるようになるまで捏ねます。

捏ね終わったら、打ち粉をして濡れ布巾を被せて一次発酵(1時間)させます。

1時間後、2倍近くの大きさになったでしょうか。

生地を200gの玉に分けていきます。全部で1.6kgあるので、丁度8玉作れます。
200gの玉で28cmのピザが作れます。

これを冷蔵庫の中で二次発酵(3時間)させます。3時間後には、さらに1.2~1.3倍になっているはずです。

二次発酵を待つ間にピザ会場をセッティングして、

ピザに載せる具を準備して、

ピザ窯の焼き床に火を入れます。

焼き床の温度が350℃を超えたので、

薪を燃焼床に落として、焼き床にピザストーンを置きます。

これで、すべての準備が完了しました。
3時間後、生地を冷蔵庫から出してみると、あ~、片側に寄ってる~
団子三兄弟みたいになっちゃってますね。もうひとつのケースの3つも・・・
これだと、生地を丸く伸ばしにくいんですよね~。。。_| ̄|○

2個だけセーフ。

生地を丸く伸ばして適当に具を載せたら、

焼き床に入れ、
お~、コルニチョーネが膨らんで来ました。

ピザをピザピールで回しながら、焼き加減をみます。
だいぶ、焼き目が付いてきました。

一枚目が焼きあがりました。丸くないですね。コルニチョーネもまだまだ膨らみが足りません。
8枚全て焼きました。

ふ~、ナポリピッツァ職人の道はまだまだ遠い。
って、ならんわい!
と、勝手に決めつけてピザ会をすることになりました。
今回は、ピザ生地作りの工程も書き記したいと思います。
小麦粉は、イタリアのカプート社の「サッコロッソ」が手の入らなくなったので「クオーコ」を使います。
クオーコ1kgに対して、ぬるま湯600mL、塩10g、ドライイースト5gを用意します。
塩はミネラルが豊富な三重県二見の「岩戸の塩」、ドライイーストはピザ用サフ・ドライイーストを使います。ドライイーストって普通、独特の臭みがあるのですが、これはその臭みがありません。

小麦粉はふるいにかけておきます。

蕎麦打ち用のこね鉢にぬるま湯を600mLと塩、ドライイーストを入れます。こね鉢にふるいにかけたときの粉が付いてますが気にしないでください。

そこに小麦粉1kgのうちの6割くらいを入れてかき混ぜます。蕎麦打ちは、こね鉢の中に入っている小麦粉に水を入れていきますので、全く逆の作業になります。


さらに、残りの小麦粉の半分くらいを足して捏ねていきます。べたついて来たら、小麦粉を足していきます。捏ね方は、拳で奥の生地を手前に被せて、上から拳でこね鉢に捻じ込むようにします。

生地をつまんで引っ張ってみて、すぐに切れてしまう場合はまだまだです。切れずに伸びるようになるまで捏ねます。

捏ね終わったら、打ち粉をして濡れ布巾を被せて一次発酵(1時間)させます。

1時間後、2倍近くの大きさになったでしょうか。

生地を200gの玉に分けていきます。全部で1.6kgあるので、丁度8玉作れます。
200gの玉で28cmのピザが作れます。

これを冷蔵庫の中で二次発酵(3時間)させます。3時間後には、さらに1.2~1.3倍になっているはずです。

二次発酵を待つ間にピザ会場をセッティングして、

ピザに載せる具を準備して、

ピザ窯の焼き床に火を入れます。

焼き床の温度が350℃を超えたので、

薪を燃焼床に落として、焼き床にピザストーンを置きます。

これで、すべての準備が完了しました。
3時間後、生地を冷蔵庫から出してみると、あ~、片側に寄ってる~
団子三兄弟みたいになっちゃってますね。もうひとつのケースの3つも・・・
これだと、生地を丸く伸ばしにくいんですよね~。。。_| ̄|○

2個だけセーフ。

生地を丸く伸ばして適当に具を載せたら、

焼き床に入れ、
お~、コルニチョーネが膨らんで来ました。

ピザをピザピールで回しながら、焼き加減をみます。
だいぶ、焼き目が付いてきました。

一枚目が焼きあがりました。丸くないですね。コルニチョーネもまだまだ膨らみが足りません。
8枚全て焼きました。

ふ~、ナポリピッツァ職人の道はまだまだ遠い。
って、ならんわい!



