先日、
習慣と依存は同じものと
言いました。
「習慣と依存は同じもの。
もたらす結果と身につける過程」
https://ameblo.jp/rybase/entry-12612771168.html
しかし、
それらの良し悪しを
議論したわけでは有りません。
身に付ける過程を見ると、
同じものと言える、
という話でした。
もともと、
人間の持つ仕組みなのですから、
当然と言えば
そうかもしれません。
では、
習慣と依存について、
どう捉えたら良いのでしょうか?
具体的には、
自分自身にとっての
良し悪しを、
どう定めれば良いのでしょうか?
その思考の補助線になりそうなのが、
苫米地英人さんの
「洗脳」の定義です。
【引用開始】
洗脳とは
「認知レベルを含む脳内情報処理に、
何らかの介入的な操作を加えることで、
その人の思考、行動、感情を
思うままに制御する」
ことである。
認知レベルを含む脳内情報処理とは、
精神(心)のレベル、
脳の生理的レベルの両方を含む。
厳密にいうと、
洗脳の定義には
「第三者の利益のため」
という条件が加味される。
本人以外の利益のためということだ。
逆をいえば、
制御される本人自身が、
自らの利益のために進んで行うのは、
本来洗脳とはいわないのだ。
【引用終了】
洗脳の定義をそのまま
習慣や依存に当てはめるのは
間違いかもしれません。
ですが、
この定義を利用することは
出来そうです。
つまり、
習慣であれ、依存であれ、
本人の為なら、
それで問題は無い、
と考えて良いと思います。
