自分を傷つけることができる人は、自分、ただ一人と書きました。
相手の言葉や、相手の行為は、単なる引き金です。
そして、引き金を準備したのも、自分です。
全部、自分が自分を傷つける、システム通りだったのです。
過去に、人から傷つけられたとか、人を傷つけたとか、そういう思い出を持っていたら、今、終わらせることができます。
人を傷つけたら、必ず、同時存在で、自分も傷ついています。
相手から傷つけられたら、同時に、相手は傷ついています。
ミロスを知った今だからこそ、自分も、相手も、癒すことができます。
傷つけあった過去に戻って、ミロスのシステムに当てはめて、傷だと思ったものを終わらせてあげましょう。
ミロスを知る前でしたら、私の言葉で、あの人は傷ついた。これの繰り返しでした。
大切なあの人を傷つけてしまった。どうしたらいいのか。
さんざん悩み、後悔し、反省し、自分を責めたものでした。
あるいは、反対に、あの人の言葉で、私は傷ついた。
あの人が憎い。殺してやりたい。
こんな感じで、いつも他人基準しかない人生でした。
ところが、ミロスを知って、ビックリ。
私が他人を傷つけることも、相手から傷つけられることも、一切ないことを知りました。
全部、その人の世界です。
その人が、自分の世界を創っています。
だから、もし、傷つけるとしたら、それは、自分が自分を傷つけるということです。
その人も、私の言葉は単にきっかけで、自分が自分を傷つけるシステムだったのです。
私も、相手の言葉は単なるきっかけで、自分が自分を傷つけるシステムだったのです。
これを理解すれば、誰を責めることもありません。
もちろん、自分を責めることなど一切ないということです。
大切なあの人を傷つけてしまった。どうしたらいいのか。
さんざん悩み、後悔し、反省し、自分を責めたものでした。
あるいは、反対に、あの人の言葉で、私は傷ついた。
あの人が憎い。殺してやりたい。
こんな感じで、いつも他人基準しかない人生でした。
ところが、ミロスを知って、ビックリ。
私が他人を傷つけることも、相手から傷つけられることも、一切ないことを知りました。
全部、その人の世界です。
その人が、自分の世界を創っています。
だから、もし、傷つけるとしたら、それは、自分が自分を傷つけるということです。
その人も、私の言葉は単にきっかけで、自分が自分を傷つけるシステムだったのです。
私も、相手の言葉は単なるきっかけで、自分が自分を傷つけるシステムだったのです。
これを理解すれば、誰を責めることもありません。
もちろん、自分を責めることなど一切ないということです。
孫を、子供を、ミロスで教育したいと書きました。
相手を教育したいといっても、ミロスは全部自分です。
相手はいないというのが、ミロスの基本です。
相手がいないのに、相手のことを考えてしまう。
どこまで行っても、他人基準。他人本位でした。
実は、教育したいのは、自分本人でした。
自分を教育することこそ、孫を教育することになるのです。
内側は、外側。全部、自分の内面が目の前に見える。
もっと、自分を、ミロスで教育したいと思いました。
相手を教育したいといっても、ミロスは全部自分です。
相手はいないというのが、ミロスの基本です。
相手がいないのに、相手のことを考えてしまう。
どこまで行っても、他人基準。他人本位でした。
実は、教育したいのは、自分本人でした。
自分を教育することこそ、孫を教育することになるのです。
内側は、外側。全部、自分の内面が目の前に見える。
もっと、自分を、ミロスで教育したいと思いました。