本日は15Day!日本の鉄道のあけぼの:1号機関車(150形蒸気機関車/島原鉄道/鉄道博物館) | 食事処 御来欧音おらいおーね(福岡県筑紫野市阿志岐1521‐1/ゼロ戦/鉄道模型/ガンプラ)
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明治4年の我国の鉄道開業にあたって、初めて輸入された10両の蒸気機関車。
その内で、栄誉ある1号機関車の№を振られたのが、150形と称された蒸気
機関車でした。1両のみの輸入で同型機はありません。
英国のバルカン・ファウンドリー社という機関車メーカーが造ったもので、
同社はドイツのMAN社の傘下に入るまで、蒸気機関車・電気機関車・戦車
(第二次世界大戦中)を数多く送り出し、かのロバート・スチーブンソン
(父のジョージと共に、草創期の実用機関車ロケット号を開発)も発起人に
名を連ねた名門でした。
 
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日本の鉄道に合わなかったのか、輸入時から何度も改造が施され、原形を
留めていない部分も多いと云います。
後に本車は阪神地区に配転されています。
 
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鉄道開業間もない頃の3等客車を復元したレプリカ。
レプリカと行っても、当時の図面を基に実物大で精巧に復元しています。
 
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明治42年、1号機関車は鉄道院(国)から、開業予定の島原鉄道に譲渡され、
昭和5年まで20年以上にわたって活躍しました。
しかし、鉄道開業から50年以上が経過した後、1号機関車を貴重な機関車として
保存する運動が行われ、島原鉄道は別の機関車と交換するという条件で返還に
応じることになりました。
 
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昭和5年、鉄道開業時の貴重な機関車として1号機関車を返還することにした
当時の島原鉄道社長・植木元太郎が揮毫したプレート「惜別感無量」
諫早駅では大々的な惜別式が行われたと云います。
 
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島原市に建つ植木元太郎の銅像。
 
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島原鉄道から返還された1号機関車は、東京・万世橋にあった旧交通博物館を
経て、現在は大宮の鉄道博物館に堂々たる威厳を称えて展示されています。