米原機関区の今 | 50代親父の無為な日々

50代親父の無為な日々

変わり映えの無い50代の日乗とお寺巡り、モノづくりと外出の記録

大げさなタイトルがついてますが、米原機関区の銘板と再会した話です。

 

6月22日の青岸寺訪問の後、米原駅東口から関ケ原方面へ向かいました。

国道8号に沿って丘を越え、しばらく歩くと左へ入る道があります。

 

目の前に東海道本線下り線、今はこんな感じですが線路を渡った反対側にかつて米原機関区がありました。この下り線、機関区との間に柵がなく真横を通るので、現場感がすごかったです。

 

今から40年以上前、当時中学生だった頃に友人とここ米原機関区を訪問しました。東海道筋のEF58が大量に引退した後で米原機関区はすでに廃止、現役機関車の整備はしてなかったようで、イベントもなく静かに時間が流れていました。

※高校時代は一応写真部、当時の手焼き・・・フィルムは懐かしのトライXとD76

 

この日は他に数人の鉄道ファンがいるだけ、元宮原の138号と米原の人気者36号が外に出ていて、車庫の中に74号と96号がいます。

36号のステップに乗った友人の写真を撮ったり、車庫の詰め所には廃車されたDD50のナンバープレートがずらりと掛けてあったりと、楽しかった思い出です。

 

それが今は・・・・近くの陸橋から写したものですが、真ん中の緑の森の奥あたりに機関区事務所がありました。今は跡形もありません。東海道本線下り線は相変わらず(右側の線路)。

わかってはいたけれど実際に見ると寂しいものです。何も残ってないのか・・・

 

実はYoutubeに米原市公式チャンネルがあって、米原機関区跡地や近所の岩脇蒸気機関車避難壕の紹介をしている映像があります。それをぼんやり見てたらなんと、機関区の門柱が今でも伊吹山文化資料館というところに保存されている、というではありませんか!

 

門柱をくぐって米原機関区へ入ったことはアタシもはっきりと覚えています。これは行かなければなりませんね!ということで次は伊吹山文化資料館へ行く予定になっておりました。

 

さて現地到着、門柱どこにあるの?と左奥の駐車場へ入っていくと、片隅に何やら・・・

これは保存というより放置ですな。

こんなの見に来る奴などいないだろうな・・・でもよく見ると・・・

機関の字が超絶ヤバイ・・・この銘板マジ欲しい

これは誰も興味ないかもしれないけど、ちゃんとゆかりのある場所に建ててほしい。

でなかったら家宝にするからアタシにくれwwwこれはさすがに可哀そう。

 

嫁さん「・・・これだけ?・・・」

アタシ「ウン・・・これだけ・・・」

 

打ちひしがれたアタシを見て、嫁さん「資料館行こうよ、楽しいかもよ」

大人200円⇒こんなに安くてええの?

 

こういうのはどこの資料館にもありがちですが・・・

こんな近代的な唐箕初めて見た。近代的な唐箕、というのもヘンな感じですが。

もぐさ製造のための石臼、さすが薬草の里伊吹。

お医者様の薬草入れと薬研(ヤゲン)、千と千尋で釜爺がごりごりやってたやつ。

と思ったらなんと「毒薬」の引き出し。

 

 

ここには縄文人もいたそうですが、まったくもうwww

八ヶ岳尖石のウンコ、清州貝殻山のオ○ンコちゃんに続く第3弾

 

こういう民俗+考古学資料館はいつ見ても面白い。

 

最後に「蕎麦の里 伊吹」で蕎麦をいただきました。これがまたさっぱりおいしかったのです。

もりそば980円、ざるそば、天ぷらはありません。

このお蕎麦、大将が「岩塩ちょっと付けて食べてみ」⇒ウマー

ワサビも辛すぎず、とてもバランスがいいです。蕎麦湯で全部いただきました。

 

今月初めの健康診断で高血圧が発覚、塩分控えめにしろ、と言われてたんですがね。

(終)