夏の終わりに熊野三山へ行く(前編 獅子岩・補陀落山寺) | 50代親父の無為な日々

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変わり映えの無い50代の日乗とお寺巡り、モノづくりと外出の記録

8月28日に休みが取れたので、久しぶりに西国へお参りに行くことにした。

迷った末に、海もきれいな青岸渡寺と熊野三山へ行くことに。

そんなわけで面白かったことを中心に書いています。

 

まず去年から熊野大泊まで高速道路で一気に行けるようになった。

七色ダムへバス釣りに行っていた昔は、勢和多気で高速を下り、そこから延々と走って荷坂峠を越えてようやく紀伊長島、また延々走ってようやく尾鷲だった。

今は一気に獅子岩まで行ってすき家で朝ご飯だから、隔世の感がある。

 

朝5時に出発して、ゆっくり走って7時40分くらいに獅子岩に着いた。

それにしてもこのすき家、絶妙な場所にあるよね。海側の森=獅子岩の背中なのだ。

このすき家の店員のおじさまは、店を出るときに「またお願いしま~す」と声をかけてくれる。

2年前にも同じ声をかけていただいた覚えがあるのだが、その時は次来るかどうかわからんのに律儀なおじさんやな、としか思わなかった。

しかしこうしてまた来ているということは、店員のおじさまは我ら夫婦の行動など2年前すでにお見通しだったということなのかもwww

 

もう神様としか思えないのよね。ここ熊野だし、って冗談はともかく、朝8時~9時に那智勝浦へ着こうとすると、ちょうど獅子岩が朝食のタイミングになるのである。つまりこのすき家は獅子岩の裏と言う場所だけでなく、時間的にも絶妙な場所にある。実際、他県ナンバーの中年夫婦、霊場巡りの雰囲気といった感じのお客さんをちらほら見かける。

 

それにしても、たまごかけご飯に焼き鮭・・・朝から幸せな日本の朝ご飯。

真っすぐな水平線と相変わらず男前な獅子岩・・・熊野へ来たんだ、って感じるこの景色。

ここから新宮まで一般道だが、そこで再び高速に乗り、那智勝浦で下りる。

4時間近くかかったが、もう着いちゃったよ、という感じである。

嫁さんがお手洗いに「道の駅なち」へ寄れと言うので行ってみると、いきなり補陀落山寺にでくわした。

 

そんなわけで最初の霊場は補陀落山寺である。昔尋常でないことをやっていたとは思えないくらい静かなお寺であった。制多迦童子と矜羯羅童子もいらっしゃって嫁さん大喜びである。

 

しかしここは補陀落渡海のお寺なのだ。復元された渡海船がある。

 

写真が暗くてよく見えないかもだが、外見に反して内部が極端に狭い。即身仏の石室と同じであろう。これ発狂するんじゃね?っていう狭さである。

 

そして渡海した方々の墓誌みたいなのがあって・・・5人目に平維盛さん。

この方、平家物語では嫁さん子供(あの六代)思いで、行く末をはかなんで入水してしまうのだが、維盛さんは単に海へ飛び込んだとばかり長年思っていた。それが実は補陀落渡海ということになっている。

ここから浄土を目指して海に出た、ということなのか、飛び込んだのか・・・どうなんだろう。

 

寺の後ろの丘の苔むした階段を登ってゆく。

一番下の段に、多分歴代のご住職のお墓、中段が渡海上人たちのお墓、最上段に維盛さんの供養塔があった。平家は武家だが、公達と同列の扱いである。田舎武士の源氏とは違うのダw

 朝からいきなり凄まじいお参りとなったが、これも熊野信仰の一面であるのだ。
補陀落山寺をお暇して青岸渡寺に向かう。今日は楽して防災道路を通って青岸渡寺駐車場へ停めることにした。この駐車場は800円かかる。普通に考えたら高額である。
ところがなんと門番のおじさまが「帰りにそこ(入り口)の空いた場所に停めて滝まで歩いて行っていいよ」とおっしゃるのだ。下の滝駐車場は別に500円かかる。青岸渡寺から滝まで歩いて行こうかな、でも大変だし、と思っていたところにそんなオプションがあるなんて、とても嬉しいお言葉であった。
(続く)