2500cを手に入れた時の話 前編 | 50代親父の無為な日々

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変わり映えの無い50代の日乗とお寺巡り、モノづくりと外出の記録

80年代前半、釣具屋のベイトリールのコーナーへ行くと、一番高い所に鎮座しているのはABU、いやアブであった。「あぶ」のネーミングが嫌でも印象に残る。

 

当時の釣り好き小・中学生からすると、ABUリールは高嶺の花で憧れであったし、そもそも小坊中坊ごときが持つべき道具ではなかった。

しかし何の偶然か、中3のときに2500cを手に入れることになってしまった。

※手前左側が今回のネタ実物

 

その2500cと初めて出会ったのは、40年ほど前、小6のときである。

もちろん私のものではなく、釣り仲間の金持ちの息子のモノだった。みんなで自転車を漕いで港へ釣りに行くと、そいつはオリムピック純世紀の総ウッドハンドルのベイトロッドを取り出し、2500cをセットする。そしてサビキをつけて海へたらすのだ。

 

私や他の連中は安物ロッドに安物スピニングと相場が決まっていて、2500cを羨望のまなざしで見ながら、そんな釣りするなよと露ほども思わずサビキを同じように放り込む。釣れてくるのはコノシロとか豆アジばかりである。

 

そんな扱いの2500cだったが、後に数奇な運命をたどる。

その金持ち息子が誰ぞから〇〇したらしくwww、その誰ぞが代わりに2500cを取り上げたが、その誰ぞは釣りをしなかったので、別の奴の〇〇〇と無理やり交換したらしい。

と、ここまでは眉唾もののうわさ話である。

 

ところがそいつも釣りをしないので、頼むから買って、と私のところへきた。

まさに天から降ってきたチャンスであった。

当然一括なんて無理だったので、月々○百円wずつ払うことで話がまとまったのであった。期間は1年以内であったから、2500cがその程度の金額で手に入ったのである。

(後編へ続く)