【注目のロシアニュース】<ロシア>ステルス機試験飛行に成功 15年実戦配備へ
【注目のロシアニュース】<ロシア>ステルス機試験飛行に成功 15年実戦配備へ
ここ最近、ロシアの軍事兵器のクオリティは明らかにアメリカに遅れをとってきた。
この焦りは、兵器の安売りや事故、安易な戦争の発生動機につながる。
もし、このステルス機がF22と同等の機能を有すれば、ちょっとしたインパクトである。
ロシアの軍事力の回復を裏付けるものだし、高値で売れる。
高値といってもアメリカのF22よりかなり安値になるだろうから、大量に売れることになるだろう。
それくらい、ステルス機F22がすごいということであるが。
実際に15年実戦配備が本当にであれば、核とは違う軍事戦略が早急に必要になってくるはず。
日本は現在、F22をアメリカから売ってもらえないが、ちょっとアメリカの動きも変わるかもしれない。
コストが気になるところ。
早く映像、画像が見たい。
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<ロシア>ステルス機試験飛行に成功 15年実戦配備へ
1月29日20時52分配信 毎日新聞
【モスクワ大木俊治】ロシアの飛行機メーカー「スホイ」は29日、同社が開発・製造した「第5世代」と呼ばれる新型ジェット戦闘機の初めての試験飛行を行い、成功したと発表した。ロシア国営テレビなどが報じた。レーダーでとらえにくいステルス性を備えた第5世代戦闘機のうち、実戦配備されているのは現在、米空軍のF22だけで、ロシア軍は米国に対抗し、15年の実戦配備を目指す計画だ。
ロシアは米国との核戦力均衡を追求する一方で、ソ連崩壊後の経済混乱で米国に大きく立ち遅れた通常兵器の近代化に力を入れている。今回試験飛行に成功した第5世代戦闘機はその一つで、ステルス性のほか長距離の超音速飛行が可能という。インタファクス通信によると、試験機はロシア極東コムソモリスクナアムーレの空軍基地から発進し、47分間にわたって試験飛行を実施した。
今週はカレー
今週はカレーにハマっています。
どうにも寒いんです・・・
脂肪が少ないうえに、低血圧。
寒さがこたえます・・・
ロシアに長年いても、寒いものは寒いのです。
で、身体が無性にカレーを求めていたのです。
内側から暖めて欲しかったのでしょうか。
(ここでウォッカに走らない!)
で、作りましたよ、カレー。
がっつりと。
鍋がないので、フライパンで。
で、これがまたウマイ!^^
もう~食べたかった味。
たっぷりの生姜と玉ねぎがポイント。
月曜日から毎日食べてますが、全然飽きない^^
食べた後は、汗タラタラで、身体ポカポカ。
ちなみに最近のお気入りのトッピングは納豆。
なぜかあいますね~
また来週も作っちゃおうかな~
(こういうこと書くと、また女性と縁が遠くなるような・・・)
【書評】ユーラシアの世紀
■ユーラシアの世紀 ~民族の争乱と新たな国際システムの出現
秋野豊
著者の秋野豊氏は、1998年にタジキスタンで殉職した外務省員。
あれからもう干支が一巡してしまうくらい時が過ぎました。
氏が殉職したのは42歳、本厄。
私ももうすぐ彼と同い年になる。
本当に早いものだ。
98年、私はモスクワにいました。
このニュースは、やはりショックでしたね。
この本は、秋野氏の生前の論文を、支援者の方が中心にまとめたものである。
内容は、現場重視の氏らしく、表に出てこないリアルな生が書かれている。
彼の研究の成果は素晴らしい。
だが、研究を評価するということよりも、彼のような人がいたのだということを忘れてはならない。
残念なのは、彼が願ったロシア、中央アジアの情勢は全く変化していない。
平和なんか来ていない。
民族紛争は、彼らのアイデンティティであり、歴史なのだろうか。
あの大きな大陸の中では、流れに任せるしかないのであろうか。
私も再度、中央アジア、旧ソ連諸国を訪れる日が来るだろう。
その時は、今より少しでも笑顔の人と触れ合えることを心から願う。
■気づき・共感
・中央アジアの独立という現象は、一般的にはかつて漢や唐とローマ帝国とを結びつけたシルクロードの復活という形で、地理上の発見以来忘れられてきた東西の軸の形成としていま注目されているが、それと同様にこれから重要になってくるのは、南北の垂直の軸を完成させるつなぎの役割なのである。・・・ここに一つのシステムが生まれつつあるといってよい。(P23)
■秋野豊詳細
秋野豊
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
秋野 豊(あきの ゆたか、1950年7月1日 - 1998年7月20日)は、日本の政治学者で、元筑波大学助教授。専門は、ロシア外交、中央アジア政治。
北海道小樽市生まれ。北海道小樽潮陵高等学校を経て早稲田大学政治経済学部卒業後、北海道大学法学部に学士入学。同大学大学院法学研究科で、第二次世界大戦中の英ソ関係を研究し、1983年、法学博士号を取得。北海道大学助手、在モスクワ日本大使館専門調査員を務めた後、1986年から筑波大学で教鞭をとる。1998年、筑波大学を辞職し外務省に入省、国連タジキスタン監視団に参加する。同年7月20日、現地で襲撃に遭い、殉職。
■秋野豊ユーラシア基金
http://www.akinoyutaka.org/