「その時」は
ものすごく早く来た。
2023年11月中旬。
私は35GTRでTC2000を走っていたのだが、右コーナーをフットレストで踏ん張るダンロップ前で左足の奥に嫌な痛みを感じた。
いや、まだ術後2ヶ月半だし。足に無理させたのかも。
12月はデモカーのタイムアタックシーズンでもあるし、お客様達もタイムアタックを頑張っている。
サーキットに行かなければ!
自分も走る。
東京の私大病院の若い医師に
左足が痛み出した件を伝えたが、まだオペ後安定していないのかもと様子見となる。
2024年1月2日
それは突然来た。
いきなり階段が登れなくなったのだ。なんと右足も股関節から膝までが激痛。左足はあげる事さえ出来ない。両手を駆使してようやく階段を登る。
やばい。
疑う余地も無い。
足に異変が起きている。
地面に足がつくだけで激痛。立つのも激痛。
激痛の少ない右足でなんとか動く。
何度も病院に電話をかけ、なんとか医師の予約を取った。レントゲン、CT、MRIと検査が続く。
両足の像は股関節は内視鏡手術時とほとんど見た目に変化が無かった。
ただ脊柱が狭窄している事を指摘された。
「私は脊柱管狭窄症は専門ではありません。地元に専門医は居ませんか?」
神奈川には脊柱管狭窄症に強い国立病院がある。
そこに紹介状を出してもらった。
しかし込み合っていてなかなか予約が取れず2月だと言う。
タイムアタックシーズンでお客様達をサポートしたい私は、股関節唇損傷手術をしてくれた医師になんとか痛みを和らげて欲しいと頼み
イベントの前に脊椎ブロック注射を2回も施してもらった。
2月。
地元の国立病院に行く。
整形外科医「このぐらいの狭窄では痺れやマヒは起きませんよ。股関節の痛みから神経に触っていると考えられます。もう1度、紹介状を書いてくださった病院に戻しますからよく検査してもらってください。」
東京の病院に戻された。
もう1度CT,MRI。
「脊椎管狭窄症じゃないとすると、あと疑われるのはリウマチですが、これも通うなら地元の方が楽ですよね、あ、同じ国立病院にありますね。。。」
向こうの整形さん、何故自分の病院のリウマチ科に回さなかったんだろう。。。
私も若い医師もそう思った顔でお互いを見ていた。
「今度はリウマチ科に紹介状を出します。精密検査をしてもらってください。」
3月。
もう右足すら激痛。立つのも座るのも激痛。
日常生活ではトイレに間に合わないかもと想定して紙オムツまで装着していた。動け無い。階段どころか歩く事もままならない。
地元のリウマチ科に行くと即日検査入院となった。
そして血液検査、MRI、CT、レントゲンを何度も繰り返し、最後に股関節に溜まった水を穿刺で抜き、培地にかけ、細菌検査を使用という流れにまでなった。この検査で穿刺を何度もされたが水が取れず、20分間泣き叫ぶという地獄の洗礼を受けた。麻酔も効かず、痛いところの奥深くまで何度も針で刺される拷問のような作業。もちろん検査は中断した。
5日間の検査入院の末
「リウマチ的異常無し退院」の判断。
足全体の激痛と股関節の針の激痛で、全く改善なく退院となり、あまりの悔しさに
「こんな状態なのに見捨てるんですか?」
と看護師さんに尋ねると
「でも緊急では無いから。死ぬ病気では無いので。」と返された。
私はあちらこちらにたらい回しにされた挙句
「他院の患者だから」見捨てられたのか?
悔しくて惨めだった。
もう一生歩けないならそう宣告してくれ!
そう思った。
入院していた部屋を出る時に偶然整形外科の担当医に会った。
「リウマチも問題無かったんですね!私はこれは股関節から何らかの病状が出ていると思うんです。だから東京の股関節を手術した病院に戻したんです。まさかリウマチ科に依頼が来るとは。。。」
どこの病院も専門性が高い。
専門性が高いから自分のところでは無いと自信を持っているのだろう。
どちらにしろ私の痛みは治らない。
なんなんだ、いったい。
人工股関節でいいですよ。何故話が進まない?

