こんにちは。立教大学体育会アメリカンフットボール部4年TEの白岩大雅です。
今回引退ブログを執筆するにあたり、これまでの4年間を振り返ってみたとき、非常に充実した4年間だったなと感じました。今回のブログでは4年間のフットボール人生で感じたことやRushersで学んだこと、支えてくださった方々への感謝を綴ろうと思います。
私は小学校1年生から高校3年生までの12年間野球一筋で、大学から未経験者としてアメフトを始めました。入部前は12年間続けてきた野球を辞めてアメフトを始めることに少し不安がありましたが、それよりも野球で培った経験やスキルをアメフトで活かし日本一になりたいという願望の方が大きかったです。アメフトに興味を持ったきっかけは、高校アメフト日本一を決める大会に母校が出場し野球部全員で応援しに行ったときに非常に魅力的なスポーツだなと感じたからです。特に中学から一緒で同期の湧(DB金子湧)の熱いプレーを見て「自分もアメフトをやりたい」という想いが込み上げました。それからというもの、登下校中や学校の休み時間にNFLのハイライト映像を食い入るように観るようになりました。特にKansas City Chiefsのトラヴィス・ケルシーのハイライト映像を何度も観て、いつの間にか「TEで87番をつけて試合で活躍する」という目標が出来ていました。そして高校野球部を引退し、立教大学の合格が決まってすぐにAmazonでアメフトのボールを購入し、暇さえあればベッドに寝転がり天井に向かってボールを投げては捕ることをずっと繰り返す日々が続きました。アメフトを始めるきっかけを与えてくれた湧にはとても感謝しています!ありがとう!!
大学入学後の新歓では他の部活やサークルの見学には一切行かず、アメフト部への入部届をすぐに提出し、同期でアメフト未経験、そして野球部出身の阿部瞬、長浜好克とともに一番乗りで練習に参加しました。2人は難なくウエイトトレーニングの基準値をクリアしていましたが、私は非常に苦戦してクリアするのに4ヶ月もかかりました。その間にも色んなコーチから「体重増やせ」や「ベンチプレスやりまくれ」とプレッシャーをかけられ、少し嫌気がさしたのを覚えています。しかしこの4ヶ月は4年間のアメフト人生で土台となる期間であるとともに、自身と向き合える貴重な期間であったと引退した今感じています。そしてウエイトトレーニングなどの基礎トレーニングをこなす中で新入生のポジション発表の日を迎えました。その際、全員の前で「白岩、OL」と言われTEをやりたかった私はひどく落ち込みました(笑)。渋々OLとして日々の練習をこなす中でどうしてもTEへの想いが捨て切れず、「TEをやりたい」とコーチに直談判するようになりました。最初のうちは軽く流されていましたが、何度もしつこく訴え続け、練習前後の時間でOLがブロックやパスプロテクションの練習をしている中、私はTEの先輩とキャッチボールをしていました。上原さん(23年卒 上原拓馬)あの時はキャッチボールに付き合っていただきありがとうございました!!このような小さな努力が実を結び、大学2年生の春にTEにコンバートすることができ、春シーズン初戦から試合に出場する機会を得ることができました。当時私のTEへの熱い想いを受け止めてくださったオフェンスのコーチの方々、特に出場機会を与えてくださった荒川OC、本当に感謝しています!!初戦ではキャッチミスをしてしまい、坂場(OL 坂場文哉)や試合の配信を観てくれていた中学高校時代の同期に散々いじられ、また秋シーズンの公式戦でもアサイメントミスやコールミスなどを連発してしまいオフェンスチームの足を引っ張り続けた2年目シーズンでした。3年目のシーズンでは、ずっと憧れだった87番をつけてスタメンとして試合に出場することができました。特に3年秋の早稲田戦の公式戦初タッチダウンは非常に気持ちが良かったです。一方で上級生として下級生のお手本となりチームを引っ張らなければならない中で、「発信力」が自身の課題として浮き彫りになったシーズンでもありました。ついに迎えた4年目は様々な重責を抱えたシーズンでした。4年オフェンスとしての責務、PCで一番大事なPPを任せられたときの責任感は非常に大きかったです。それを一番感じたのは夏合宿です。スクリメージで思うようなオフェンスが出来ない上、PCがなかなか固まらない中で生まれた焦りやプレッシャーはこの4年間で一番大きかったと思います。そのような重責を抱えながらも、チーム全員で支え合いシーズンを戦い抜けたのは一生の思い出です。
Rushersでの4年間で学んだことは「準備の大切さ」です。準備が足りていなかったプレーは試合では上手くいかないことを幾度となく経験し、そのたびに準備の大切さを再認識させられました。試合の1プレー1プレーが上手くいくように練習で何度も合わせ、ミーティングを重ね試合で最高の結果として表れた時は非常に気持ちがいいです。16年間のスポーツ人生の中でたくさん準備しても結果出ないときはたくさんありました。100%正解のないスポーツの世界において正解がないからこそ、結果を生み出すために日々鍛錬を重ね、辛いときもあるけど何故か楽しいというマインドは大学までスポーツを続けられたモチベーションの源泉であると思います。話は戻りますが、この「準備の大切さ」という点において部活動だけでなく大学での勉強や就職活動の際にもしっかり意識することができ満足のいく結果が得られた為,「準備の大切さ」を学ぶことができたRushersでの4年間は私にとって非常にかけがえのないものです。この経験を次のステージでも活かし、立派な社会人になれればと思います。
最後にお世話になった方々への感謝を綴ります。
両親へ
16年間のスポーツ人生を支えていただきありがとうございました。小中高大学で学んだことを社会で活かして、立派な社会人になり恩返しができるよう頑張ります。これからもよろしくお願いします!
同期へ
みんなのおかげで4年間すごく楽しかったです!アメフトのことになるとみんな人が変わったように真面目になるところは第90代のカラーだと思います。これからは別々の道に進むと思うけど、またみんなで集まっていっぱいお話しましょう!4年間ありがとう!!
コーチの方々へ
まずは4年間ありがとうございました。入部前に自身が掲げていた「TEで87番をつけて試合で活躍する」という目標を達成できたのは、これまで私を育ててくださったコーチの方々のおかげです。本当にありがとうございました!!
OBOG会の方々へ
日頃よりRushersの活動を支えていただきありがとうございます。皆様のご支援ご声援のおかげでこの1年間戦い抜くことができました。また補食の差し入れや応援メッセージなどとても励みになりました!4年間ありがとうございました!!
長文となってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました!そして4年間本当にありがとうございました!
担当:白岩大雅























































