後 悔 1
30分後―。
ルピーは身体を波に預けて、海面をフワフワと漂っていた。
サメの追撃は何とか交わしたものの、あまりの恐怖に身体が硬直して、まったく動けなくなってしまったのだ。
<とにかく身体を休ませなければ……!>
2時間ほど経って身体が少し回復したところで、ルピーは再び泳ぎ始めた。
と、その時、ルピーは身体の異変に気づいた。
<お、おかしい!身体が……、身体がなんとなく重い。それに前よりもスピードが遅くなったような気がする……?!?サメに襲われた時に、もしかしてどこかやられたんだろうか……!?>
実はこの時、ルピーは念願叶ってすでにサメに変身していたのだ。
体長3メートルの、大きなホオジロザメに変身していたのだ。
身体が重く感じられたのはそのためだった。
いや、感じられたのではなくて、サメになったことで実際に体重が増えたのだ。
1時間後、周りの魚たちの反応によって、ルピーは自分がサメに変身したことに気づいた。
<そ、そうか!ボクはサメに変身したんだ。サメの尾ひれの1部を持ち帰ったんだ。で、神様が願いを叶えてくれたんだ!やったぞ!ボクはついにサメになったんだ。ヤッホー!>
それからというもの、ルピーは毎日が楽しくてたまらなかった。
気分がよくてたまらなかった。なぜなら、どこへ行ってもルピーが姿を現すと、王様のお出ましだ!とばかりにみんながいっせいに道を譲ってくれたからだった。
譲ってくれたというよりも、実際はサメに変身したルピーが怖くて逃げ出したに過ぎないのだが、それがルピーにとっては何か特別待遇を受けたような気がして、すこぶる気分がよかった。
さて、サメになったルピーは、当然のことながらイの1番に海岸へ向かった。
もちろんジュディに逢うためである。
<久しぶりだな。サメになったボクを見て、きっとジュディは驚くだろうな。喜ぶだろうな。早く逢いたいな……!>
海岸に近づいたところで、ルピーはジュディの名を呼んだ。
「ジュディ!ボクだよ!ほら、キミの好きな強い魚になって戻ってきたよ!早く姿を見せて……」
ところがその日、ジュディは海岸には現れなかった。いや、その日だけではない。次の日も、その次の日も、なぜかジュディは現れなかった。
さらにそれから1ヶ月間毎日海岸に通ったものの、それでもジュディは姿を現さなかった。
<おかしい!?なぜジュディは現れないんだろう。せっかくこうして強くなって戻ってきたというのに。もうボクのことなんか忘れちゃったんだろうか?>
たまらずルピーは砂浜ぎりぎりのところまで行って、大声でジュディの名を呼んだ。
繰り返し呼んだ。が、同じだった。何度呼んでもジュディは現れなかった。
ジュディらしき女の子は何人かいたが、どうやら別人だったようだ。それが証拠に、まったく反応がない。いや、反応があった。
ルピーが海岸に近づくと、逆に女の子たちは「キャ~ッ!」と叫んで、なぜか逃げ出していったではないか。
女の子たちだけではない。ほかの人間たちも同じように大騒ぎして逃げ出していった。ルピーは首を傾げた。
<いったいどうしたんだろう!?どうしてみんなはボクを見て逃げ出すんだろう?>
この時点でルピーはまだ、自分が人間たちから嫌われているとは夢にも思ってもいなかった。なにしろイルカ時代には、どこへ行っても(特に人間には)大歓迎されたのだから、無理もない。
サメが強くてカッコいい生き物だなんて思い込んでいたのはルピーだけで、実際はサメは人間に恐れられ、忌み嫌われていたのだ。
<お、おかしい。やっぱりおかしい……!?>
やむなくルピーは、仲間のイルカに相談すべく、いったん群れに戻った。
すると、そこでも驚くべきことが起こった。なんと仲間のイルカたちがルピーが近づいたとたん、
「サメだ!みんな逃げろ!サメが来たぞ!」
と叫んで、いっせいに逃げ出したではないか。
事情を知っていた件のイルカだけは、
「なんだ、お前か!」
と、かろうじて踏みとどまったものの、あとのイルカは全員一目散に逃げ出していってしまった。
ルピーはショックだった。逃げ出していったのが、長年いっしょに暮らした気心の知れた仲間たちだったからだ。この時点でようやくルピーは誤りに気づいた。
<そ、そうか、サメがカッコいいだなんて、単なるボクの思い込みに過ぎなかったんだ。本当はサメは、海の嫌われもんだったんだ!ジュディが海岸に現れなかったのも、きっとそのせいだ。
サメになったボクが怖かったんだ。ほかの人間や海の生き物たちも、みんなボクが怖くて逃げ出していったんだ。あぁ~!なんてバカなことしちゃったんだろう!?こんなんだったら、サメになんかなるんじゃなかった……!>
そう思ったとたん、怒りが込み上げてきた。ルピーは件のイルカに激しく抗議した。
「酷いじゃないか!サメになったらジュディが戻ってくるなんていい加減なことを言って……!戻ってくるどころか、反対に逃げ出していっちゃったじゃないか!」
すると仲間は、悪びれもせずに言った。
「いや、そうじゃないんだ。やっぱり人間の女の子は強い生き物が好きなんだよ。ただそれがサメだってのは、もしかしたら間違いだったかも知れないけどな……」
「ま、間違いだって!?そ、そんなの酷いよ。酷すぎるよ。無責任だよ……!」
「まぁ、そう怒るなよ。誰にでも間違いってものはあるさ。でも心配すんな。今度こそ本当のことを教えてやるからさ」
「本当のことって?他にサメより強い生き物でもいるっていうのかい……!?」
「もちろんいるよ」
「……!?……!?」
ルピーは半信半疑で仲間の顔を凝視した。
「クジラだよ。海の中で1番強い生き物っていったら、やっぱりクジラだよ。それしかないよ!だからクジラになることだよ。そうすりゃ、今度こそ間違いなくジュディは戻ってくるよ」
<クジラになればジュディが戻ってくる……!>
このひと言にクラッときて、ふたたびルピーはこのいい加減な話を信じ込んでしまう。いや、信じ込むというよりも、もしかしたらジュディに逢いたい一心で「信じ込みたかった」のかもしれない……。ルピーは言った。
「じゃ、クジラになるにはどうすればいいんだい。やっぱり神様のとこへ行くしかないわけかい?」
「そりゃ、そうだよ。そんな芸当は神様にしかできないからなあ」
「……!?……!?」