Visual Studio 2022について パート001
とうとう、出ましたね。(2021年11月8日)
一昨日、気が付いて、インストールしました。
(一応、いつぐらいに出るのかと、待ちに待ってた吐いたのですが、忙しくしている間にリリース。。。)
やはり、結構な容量、まあ、18GB位必要という事で、ファイルを消したり、移動したりと色々作業をして、空き容量を増やしました。
そして、夜にダウンロードとインストールを仕掛けて、眠りました。
で、今日と言うかもう昨日になりますが、ちょうっと、触ってみました。
どこが変わったのかよくわからない。
一応、変わった場所はある程度把握していたつもりではあったのですが。
基本的にダークモードになっていますね。
それも設定で変えられるのでしょうが、流行っているのですかね?
とりあえず、触ったというか、まだ、何もプログラム等は作っていないので、これからhelloworldでも作っていこうかと思います。
しかし、前から思っていたのですが、とうとう、Pythonは避けて通れない道になっているのでしょうかね。
あ、そういえば、Visual Studio 2022 currentってついているのですが、あれ、どうにかなりませんかね。
気持ち悪いです。
このブログでさらに言えば、2019のことは全く書いていませんでした。
他の部分で書いてたのかな?
ま、いっか。
以上
自殺について パート001
あまり、パートを付けたくない、一回限りでいいなぁ、とは思うのですが、決まりという事で。
この辺の頑固と言うか、曲げたくないのもADHDなんでしょうね。
と、本題に。
ちょっと前、自殺を図ろうとしました。
結果的にそうなりそうになりました。
包丁を台所から取り出して腹に向けて。。。
(別にどこぞの漫才師ではなく)時間を少し戻すと、パートナーと些細な事で喧嘩したわけです。
こっちも最初は怒りモードでした。
しかし、途中からそのモードがプツンと途切れて、はっきりと何を言ったか忘れてしまいましたが
「じゃあ、俺が死んだらええんやろ」
とか、なんか言ったんでしょうね。
で、ちょうど、古い家なのでリビングダイニングの形じゃなく、台所なわけです。
リビングは別室なので、台所には私とパートナーと。
パートナーが
「やめて!!」
か、何か言って、我に返って、その後はその場で崩れ去って、泣けてきてしまったんですよね。
手に包丁を持ったのは初めてだったので、パートナーもある程度精神疾患については知っているというか、持っているので、警察を呼ぶ案件だということで、110番をしたようです。
いくらか時間が待って、二人ほどの警察官が来ました。
いくらか、問答というのかな、して、こっちはタオルで顔を隠していて、と言うのも、泣いているので、恥ずかしいわけでして。。。
ある程度したら、ワタシも落ち着いてきて、警察官も帰っていきました。
その時にまだ、包丁を持っていれば、即入院、もしくは保護するという形になるそうですが、到着時には私は包丁を持っていなかった、というか、パートナーに取り上げられて、テープでぐるぐる巻きにされてたような気がします。。。というのを薄っすら覚えています。
今思えば、素晴らしい判断だと思います。
でも、思うんです。
しんどい思いをして、なぜ生きなくてはいけないのか。
そこまでしんどいなら、自由、人権、LGBTQやその他色々が認められている世の中、国であれば、死ぬ自由、権利もあっていいのではないのか?
なぜ、死ぬ自由ってないんでしょうね。
私がまだ、働いていた時、終電間近の電車が止まったことがあります。
飛び込みのようです。
私は後ろの方に乗っていたのでわかりませんでしたが、電車が動き出した時に白いシートをかけられたもの?がホーム上にありました。
その時は、こんな時間に人迷惑な。、ええ加減にせーよ、(コーディングやテストやで)こっちはしんどいねん。はよ寝たいねん。飯食いたいねん。と思ってたわけですね。
で、散歩をしているときふと、踏切近くに行くと、特に夜はフラッといきそうになるんです。
だから、青いライトでしたっけ?付けているんですよね。
あれ、あんまり効果がなさそうと思ったりもしてますが。
私の個人的意見ではですね。
あれで思いとどまれる人はきっと、自殺はしない。
とはいえ、ある程度は効果はあると聞いたこともありますが。
まさに、脱線してしまいましたが(=うまくない)、話を戻すと、パートナーにしがみついて(久しぶりに触れた)、受け止めてくれました。
そうして、なんとか、平常心を取り戻せました。
そして、家族にもお騒がせしましたと。
今、こうやってブログを書いているので、(自殺を)コミットしなかったわけですが、死刑制度賛成ですが、自殺サポートは国がしてほしいな、と思っています。
それだけ、しんどい人も中には居ると。
よく、簡単に生きていればいいことがある、と言いますが、良いことある(あった)人が言うんです。
基本的に良い事なんてない人はずっとない。
なんて、世の中は不条理なんでしょうね。
暗い記事になりましたが、そんな人間もいるんだよ、と言う事を知ってもらえる機会になればと思い、書きました。
以上
日常_20211024
完全にブログのネタが尽きました。
で、ここ最近、止まっていたわけですが。
で、ここ1週間ほどというか、今週は寒くなりました。
暑がりの私もさすがに長袖を着だしました。
ん?それまで?
もちろん、夏格好です。
うっすい半そでのチェックシャツ。
あ、冬服もチェック柄です。
で、前回(障害者の仕事について パート001)の記事で、「いいね」をいくつかいただきました。
その中で、双極性障害をハッシュタグに入れていたので、そういう病気の方のブログからいただいたわけですが。
全部は当然見れないので、だーーー、っと漁っていくつか読んだわけですが、やっぱり、共感と言うか、うんうん、と思ったことがあります。
・寝るのが遅い(夜が明ける)
・無性に食べる
・イライラする
・家族と大喧嘩
パートナーも言わないですが、あれはうつ病だと私は思っています。
一応、聞いている範囲ではパニック障害なんですが。
実は私も当初はパニック障害だと言われました。
てか、そのちょい前は燃え尽き症候群って言われました。
別に燃え尽きてないんですがね。
どっちかいうと、円錐角膜がきっかけでの急性水腫がパニック状態を引き起こした方が今思えば強かったので、燃え尽き症候群はちがうなぁ、と。
しかし、医者が言うし、初めての事だったので、そうなんだろうと。
その最初の病院と喧嘩別れしてから、半年ぐらい病院へ行かず、保健所とかで聞いて、紹介と言うかよさげな病院を聞いて(個人的な感想と言うやつで)、次の病院へ行ったわけですが、そこの病院で、今までのカルテと言うか診断書みたいなものが欲しい、という事だったので、家族に取りに行ってもらいました。
その診断書で初めて自分の病名を知りました。
いや、教えてほしいって言ってたんですがね。
なんか、教えてくれなかった。
てか、最初の病院は最後の方、(診察するのが)めんどくさがっていた感じがプンプン。
喧嘩別れの話は端折りますが、そんなわけで、そこで双極性障害2型と知りました。
はじめ、なんじゃそりゃ?って思い、色々調べたわけですが。。。。
まあ、躁鬱病ってやつですね。
ハイテンションとローテンションが波のように次から次へと襲ってくる。
そんな感じです。
また、
ちなみにわたくし、ADHDも持っています。
ふっヽ( ´ー)ノ
別の病院ではADDとも言われました。
そんなところから、一体、精神科医って何だろう、精神科って何だろうって、思っています。
はっきりと言って、医者次第。
確かにASMなど、判断基準があるようですが、結局、医者が最後決める事であって、本当に大丈夫かな?と、不安もあります。
で、何が言いたいって?
これがADHDの特性です。
どんどん、話が分かれて言って、結局何が言いたいの?
って、事になるわけです。
といいつつ、できるだけ、そうならないように気を付けているのですが、もし、そう思われた方がいたのであれば、ADHD(ADD=注意欠陥障害)って、そういう病気なんだと、思っていただければと思います。
と、まあ、長々と書きましたが、今ハイテンションに行きつつあるようなので、自制しないと、あとで鬱が来る(はず)ので、気を付けたいと思います。
といっても、気を付けてもどうにもならんのですがね。
( ´,_ゝ`)プッ
あ、日記のつもりがなんか、結局病気の話に…。ま、いっか。
どうせ、病気の話位しかないし。。。
以上
障害者の仕事について パート001
年齢と障害。
この大きな二つの壁にぶつかっています。
流石に私の年齢では老齢年金をもらうのは時間がありすぎる。
だけど、働けない。
働きたいけど、働けない。
なぜか。
ここで、最初に言った言葉が壁になるわけです。
これを見た人は40歳でも、50歳でも、60歳でも働いている。
たしかにそうなんです。
働いている人はたくさんいます。
だけど、その人たちってどういう人なんだろう。
と考えた事って、ありますか?
私は病気になるまでは自分で言うのもアレですが真面目に働いてきました。
午前様、土日出勤もやってきました。
だけど、なぜ、そんな事をしてまで仕事をしていたのか。
単純に効率が悪いだけでは?
もしくはよく出来ない人?
と、思われるかもしれません。
そうなんです、自分で挙げているけど、客観的にそう思っています。
そして、それがあっているか?は分かりません。
もしかしたら、他の事かもしれません。
どちらにしても、仕事ができない人という大きなグルーピングでは纏められるのではないかと思っています。
そして、次に障害。
こればかりはもうどうしようもなし。
確かにできそうなアルバイトなどからやってみたらどうか?
なんて、よく言われます。
だけど、アルバイトと言えども仕事なんです。
で、この考えがというのが真面目=鬱を発病する人の性格なんじゃないでしょうか。
一応、私は双極性障害なので、元気なときに、信用できるいくつかのサイトにIT関係ですが登録しました。
今は調子が悪いので、2,3年(いいときもありましたが、忘れていました)ずっとスカウトを停止にしていました。
ですが、停止にしていなかったサイトがあり、そこからスカウトが来ていました。
詳細は割愛しますが、自分の年齢的に年下(20、30代)をサポートするという仕事やマネージメント(要は管理職)をするというのが多かったりします。
ですが、私としてはコーディング(プログラミング)がしたいのです。
まあ、わがままかもしれませんが、それだけはできるだけ譲りたくないのです。
てか、そもそも、自分自身にマネージメントを出来る能力があるのか、そもそも、自分の事だけで精いっぱいというか、人に言われないとできない性格なので、よく自分から動く人材をと言うのが多いですが、みんながみんな、そんな能力って持っているのかな?とも思ってしまいます。
確かに高度化されたこの世の中では自分で仕事をある意味見つけるぐらいの事をしないと、会社にいる価値がない、と見なされるかもしれません。
ですが、昔と違って、ここまで個々の人間性を尊重するという世の中なのであれば、そういう仕事のやり方もあるのではないでしょうか。
30歳だからリーダー、40歳だからプロジェクトリーダー、50歳だから、プロジェクトマネージャ。
本当にそれでいいのでしょうか?
確かにまとめ上げる人の方が給料は多いでしょう。
まあ、プログラマーと比べれば、それは自分が望んでいる事だから、しょうがないかなと思います。
いろいろと、思う事を、だーーーーーっと書いたので、あまり、まとまっていないかもしれませんが、書いたのでスッキリしました。
一応、愚痴っぽくならないように書いたつもりではあるのですが。
まあ、人事担当の方の何かに役に立てればいいな、と願っています。
以上
尿路結石について(2021) パート007
さて、前回(尿路結石について(2021) パート006)から一か月後。
診察の日です。
本日、石が出てなかったら、破砕(体外衝撃波結石破砕術(ESWL))になるとのことでしたので、頭の隅では残っていてほしいなぁ、なんて。。。
それはなぜかって?
この破砕って、最後に術が付いていますでしょ。
てことは、手術になるんです。
そうすると、生命保険等で手術などすると、保険金がもらえる場合、もらえるわけなんです。(別に詐欺じゃありませんからね。)
で、CTの結果。
きれいさっぱり。
とまではいかないけど、石の赤ちゃんはいるようで、今回の激痛の石はいつの間にか流れていたようです。
残念と言うか、何というか。
保険金で、今までの生活助かっていたことがあったんですよねぇ。
実際のところ。
いや、その分、死にそうな思いや、激痛などしているわけですけどね。
だから、病気にはなりたくないわけです。当たり前ですけど。
今回だってそうですし。
で、どうぜ、痛い思いをしたのであれば、という事でその辺はねぇ?
話は逸れてしまいましたが、確かにいつか分かりませんが、痛いと思う日がいつの間にかなくなってたかなぁ、と思うような、思わないような。
なんか、痛みって、脳みそが記憶しちゃって、痛いと思わせていると思ってしまう時もあります。
なので、それがいつなのか分からない理由にもなっているわけですね。
結局、日々の生活で合ったりの、「忘れる」という所が重要なんでしょうか。
というわけで、次の診察もなしという事で、あとはまた、ならないようにお茶を出来るだけ飲むという事を続けなければなりません。
PS:既に2カ月ぐらい過ぎた時点で飽きちゃっています。まずい。。。
以上
老眼について パート002
眼科の定期健診に行ってきました。
そこで、色々と聞いてきました。
最近の眼科?っていうか、昔は忘れたのですが、今、行っている眼科は最初に検査する技師の方がいて、視力を測ったり、眼圧を測定したり、各種条件?の写真を撮ったりして、それをもとに医師に渡し、順番が来たら医師とお話をするという流れです。
で、最近、近くが見えにくい事を言いました。
もしかして、老眼ですか?と。
そうすると、全然、来てもおかしくない年代だそうです。
結局、アラフォーというのはそういう年代みたいですね。
私の場合は円錐角膜の県がどうしておるので、そこが何か悪化しているか、と言うのもお聞きしたわけですが、特に進行しているというわけではないという事でした。(安心しました。)
また、老眼は水晶体の方なのでまた別という事で、ま、それはそれで困るというか、老化を感じる事ではあるのですが。。。
というわけで、点眼薬のミオピンというものをとりあえず、処方してもらって、終わりました。
ちなみにそれから日が経って、たまたま、電話したときに私の従妹も老眼が来ているようで。
私はアラフォー世代の上ですが、従妹は下です。
技師の方がお話ししていた38歳ぐらいとかから来ますよ、というのは全然その通りなんですねぇ。
その日はさらにお互いに年を取ったなぁ、と思った日でもありました。
以上
尿路結石について(2021) パート006
4日目ともなると、退院日です。
(新型コロナウイルスの関係もあり)自分で何とか、周囲の荷物をまとめ、痰飲準備をしました。退院の際には家族が迎えに来てくれるので、準備をして待っていました。
とりあえず、自分のベッドについているネームプレートとか、何号室にいたかとか、色々撮っておきました。
精算を済ませ(そこで機械とひと悶着)、しょうがなく、タクシーで帰りました。
今回のタクシーはそこそこ元気なので、帰る道順を指定しました。
最近、タクシーもナビに頼っているんですね。
あえてなのかどうかわかりませんが。
ちなみに、精算時の機械とのひと悶着とはクレイっとカードに近いデビットカード、むしろ、デビットカードなのかも。で、支払おうとした時に機械の方でエラーが出ました。で、そのエラーコードとそのエラー文言の意味が全く意味が分かりませんでした。
後ほど、電話すると、それは残高不足です、との事。
だったら、残高不足と出てくる紙に印字すればいいのに。
そうすれば、お金を入れる事も出来たし。
りそな銀行グループなんですけどね。
で、家に着いた途端、サイレンの音が。
ちょうど、散歩もしてなかったので、家族と一緒に見に行くことにしました。
しかし、暑い。暑い。暑い。
で、途中では私は暑さと、しんどさと、痛みも出てきたので途中で引き返し、家族はチャリンコだったので、見に行きました。
そしたら、後で聞くと、実際はめちゃくちゃ遠い所でした。
(車で飛ばせば5分か、普通だったら10分ぐらい)
行かなくてよかった。(汗)
あと、次の診察は1か月後。
しかし、昔みたいに、めちゃくちゃ痛くはないけど、時々激痛が…。
とりあえず、麦茶飲みます。(目標毎日2リッター)
以上
老眼について パート001
2,3カ月前から、例えば、お菓子の箱の裏の文字を見ようとした時に見えにくいときがあります。
箱を動かして、何秒後かに見えるようになる、という事が出てきました。
これはもしかして、俗に言う
老眼???
45歳前後ぐらいかなと思っていたので、まだ、大丈夫だと思っていました。
しかし、とうとう来てしまった。
何か、老眼って年を取った、年寄りの仲間入りみたいな感じを若いころから思っていましたので、自分がとうとうその状態になってしまう、という事が信じられない、信じたくない、と言う気持ちでした。
とはいえ、事実、実際に出てきているので、ちょうど、わたくし、円錐角膜と言う病気をもっており、定期的に眼科に行っております。
その時に聞こうかな、と思っています。
以上
ひとり焼肉について パート001
焼き肉って、みんなでワイワイ食べるものでしょー。(タカさん風←わかる人だけでいいや)
と思っていました。
最近、おひとり様用の焼肉店が増えてきましたね。
で、いつもいっている大型ショッピングモールの改装時にそれが出来たんです。
ちょうど、買い物する際に肉も売っているので、気になっていたんです。
肉はメッチャクチャ硬くもなく、お昼定食の肉にしては上出来だったのではないでしょうか。
ついつい、バカたれご飯をしつつ、ご飯も1回お代わり無料と書かれてあったので、昔の若いときみたいに2杯目やっちゃいました。
でも、ちゃんと、1回目は大盛でしたけど、2回目は並みにしましたよ。
私の場合、二人で行ったのですが、何人かは一人で来ていました。
でも、これなら、一人で来るのも悪くないなぁ、とも思いましたね。
ちょっと、自分の中の常識が変わった瞬間でもありました。
以上
尿路結石について(2021) パート005
3日目ともなると、入院生活も慣れてきました。
お茶は2リッターという決まりがありましたので、がんばって、飲みました。
若干、暇になってきたので、ちょっと鬱のチェックサイトがあったので、やってみました。
47点。
で、30点以上は重度の鬱状態。
へっへっへっへっへ。
しかし、個室だからか、どうかわからないのですが、今のベッドっていろんな角度に電動で出来るのでいいですね。
昔は手で回してた記憶があったのですが。。。
違ったかな。
もし、電動だったかもしれないけど、足の部分だけ曲げるとかできて、ちょっと頭を上げたいとき、それでも体がずり落ちるので、足の部分を曲げるとちょうど、ケツがひっかかって、ずり落ちないという最高のベッドでした。
今、これが普通なのか、どうかわかりませんが、感動しました。
あと、昨日、担当医師から特に何もなかったら、もう、退院という言葉を聞きました。私は看護婦さんには何回もできるだけ、長く居させてほしいと懇願しました。
というのも、前回の1回目(数年前)、死ぬほど痛い思いをして、帰らされて、どうにもこうにもならなかったからです。
前回の病院というか、担当医師とはほぼ喧嘩状態になり、看護婦長さんを呼んで、医者を変えてもらいたいとの願いを出したぐらいでした。
そもそも、痛くて、痛くて、どうしようもないぐらいで、石が動くと激痛が走る。
当時はまだ働いていたので、会社の人も来てくれたけど、面会謝絶みたいな感じでした。
しかし、そんな状況でもそれを言わないといけないぐらい、険悪なムードになっていました。今ではだから、早めに退院をさせられたのか、病院としては何もすることがないから、後は自宅安静しかないからなのか。。。
今では定かではないですが、そういう経験もあったので、できるだけ、入院している間に痛みが取れる、できれば、石も落ちるぐらいになれば、と思っていました。
ちょうど、、あわよくば月曜日かなと思ってたら、土曜日となってしまいました。
で、それが決まって、あと一日なのに、病棟を変える=部屋を変えるという事になりまして。。。
冗談半分で、こっちの病棟の看護婦さんはよくしてくれたけど、あっちの看護婦さんはどうだろう、とついつい、言ってしまいました。
そしたら、大丈夫ですよ、あっちも優しいですからと、言われました。
それが夕方前の事です。
新しく変わった部屋は病棟自体が新しく、色々綺麗かったです。
シャワールーム付きでした。
当然、部屋の中にトイレは付いているのですが、外のトイレを使っていました。
部屋を変わった直後に来た看護婦さんに外のトイレを詳しく聞いたもんだから、変がっていましたが、私としては動いて出来るだけ排出させる、という目的もあり、その頃には手すりを使いながら歩く程度には、なっていたので頑張りました。
で、部屋を変えての初めての夕食。
肉団子入りの八宝菜みたいなやつでした。
もちろん、それでご飯をお代わりしたいぐらい。