突然だが高雄のことである。
高雄は台湾第二の都会。
と言っても、台湾の歴史という中では
ごくごく新しい。
日本が統治していた時代、
港町として開発に力を入れたから、
ということらしい。
かつて台湾南部の中心は
台南であり
あるいは高雄の東側にある街・鳳山が
大きな町だったようである。
高雄は鳳山の外港としての役目だった。


高雄は先住民の間では
Takauと呼ばれていて
その音を取って「打狗」と言う字が
当てられていたのだが、
あまりいい名ではないので
改称したとか。
前振りが長くなってしまった。


台南を拠点にした今回の旅、
リベンジを兼ねて訪れたかったのが
この城壁。
以前、この城壁を見たくて
コロナ禍明け直後、
いそいそと台湾に行こうと画策したのだが
なんと、羽田発のピーチエアが
5時間も出立が遅れ、
桃園から速攻で来たものの
暮れなずむ時間となってしまい、
しかも補修工事の真っ只中。
この城壁の全貌はまるでわからなかった。


この城壁というか城趾は
鳳山旧城とよばれている。
場所は高雄市内の北側、
台鐵の左営駅の西にある。
この界隈は驚くほど民家がなく
だからといってオフィスが
立ち並んでいるわけでもない。
せいぜい学校があるだけという
やけに不自然なところである。
人の営みがないので
もちろん、食堂やコンビニめいたものもない。


とにかく城壁だけが際立っているだけ。
城門をくぐってさらに城壁に
這い登って見る。




観光地なんだろうけど、
人ひとりいない。
散歩している老太もいない。
犬も猫もいない、苦笑。


しばし城壁を歩いてみたが、
途中で切れてなくなっていたり。
かなり、向こうには
やっとマンション群が見えるが
それでも人と出会わない。



城壁の内側にも何もない。
まったく建造物が無く、
しかも公園的ベンチもない。
ただ、野原が広がるのみ、w。
仕方なく野原を斜めに突っ切った先に
やっと道路発見!
道路標識には義民巷とか書かれていて。


城壁の内側なのだから
旧城が機能していた頃の
民家があってもおかしくはない。
でも、なんだか今さっきくぐった
東門あたりとの違いに
何とも不自然さを感じる。
とはいえ、
民家の向こうには北門が見える。
なんとか城内からエスケイプだ。

続く。