食べること、というのは
不思議な行為である。
どんなに旨いものでも
シチュエーション次第で
肯定されたり却下されたりする。

私の海外旅は
ひたすらバックパッカーの匂いを
感じさせるらしい。
誰かにパック旅行の対極だなと
言われたこともある。
まさにいい歳して、なのである。
アジアの片隅、あまり日本人が行かない町で
ホテルに朝ご飯がついているのに
わざわざ早く起きて
仲間がいても町にひとり飛び出し
何かないかなと好奇心丸出しの顔になる。
薄汚れた店とか屋台とか、
何か引っかかってくれないかなと。

だから、ついさっきまで霧雨、濡れた石畳、
サパの町の通りから外れたところ、
おばあさんが何げに店を広げていると
あゝ、喰わねば、と思い込むわけで、w。
うちで炊いてきたばかりのアツアツのご飯、
まさに豚の角煮テイット・コー・タウと
さつま揚げっぽい練り物、
角煮があれば当然に煮卵、
日本や韓国以外なら
どこでもアジアなら出会えそうな
お弁当に心が高揚する、
のは、日本人では少数派だろうなぁ。

というわけで、
ホテルに持ち帰るわけだが
我が老人隊の面々は
さすがに朝ご飯がこれだとね、
という顔をする。
ひとつ5万ドンのお弁当、
もうちょっと角煮が大きかったらなと
もう一個追加すれば良かったかなと
そう思ったりすることが
旅して食べる、ということなんだと
いまだに思い続けている。

