日本映画ブログー日本映画と時代の大切な記憶のために -7ページ目
俺はまだ本気出してないだけ
2013年 松竹(製作:日活、ハピネット、テレビ東京、電通、小学館、他)
監督:福田雄一 主演:堤真一、橋本愛、生瀬勝久、山田孝之、石橋蓮司
青野春秋のマンガが原作。単なるダメ男の話である。そのもじゃもじゃ頭のダメ男を今、朝ドラで鴨居の大将役がはまっている堤が演じている。そして、公開当時、「あまちゃん」でブレイクしていた橋本が風俗アルバイトをやっている役だったりするが、当時、それほどそれをネタにもされなかったのは、それほど興味をもたれなかった映画なのだろう。まあ、話は特にヒネリのないマンガそのものだが、映画としてはよくまとまってはいる。この監督、「変態仮面」もそうだったが、普通に映画がちゃんと撮れる人だと思う。ある意味、昨日けなした山崎貴などより、数段プロの仕事だ。
堤は42才。バツ一で、高校生の娘(橋本)と父(石橋)との三人暮らし。突然、会社をやめ、次に何をやるか模索中とか言いながら、朝からテレビゲームをやっているようなヘタレである。石橋はガミガミいうが、橋本は普通に高校に行っている。堤はファーストキッチンで店長というあだ名をつけられバイトしていた。そして、ある日、マンガ家になるといいだす。へたなマンガを出版社に持ち込むも当たり前のように没。しかし、めげずに賞を獲るといって、威勢だけはいい。ある日、金髪のやる気のないバイト(山田)が入ってきて、きになって、幼馴染のサラリーマン(生瀬)をよんで一緒に食事する。山田は堤の夢を聴き、「いいですね」というのだった。生瀬はやはり離婚して定期的に息子に会わせてもらってる状態。少し、堤がうらやましい。山田は数日でバイトをキャバクラに変えるが、縁があってなんども逢うことになる。そんな中、妄想を続けながら漫画を書き続け、ペンネームをつけたところで賞の佳作に入る堤。その気になった彼を観て、山田はサラリーマンになろうとする。また、生瀬は元妻(水野美紀)から、再婚すると言われ、ショックの中、パン屋を開くといって会社をやめてしまう。堤は作品を褒められ有頂天になっていたが、担当の編集者(濱田岳)がやめてしまい、またはじめからやり直しモードになってしまう。ヤケになった末に入った風俗店で橋本が働いているのを発見。急いで帰る中、歩道橋から転落。が、意外に軽傷ですむ。生瀬のパン屋は山田が手伝い、息子が水野を説得して、一緒にやることになる。堤は橋本が堤の事を気にしてバイトしていたことを知り、マンガをまた必死でやることにするのだった。
ショートコントの羅列的な話を1時間40分に、良くまとめたという事は言える。堤の芸達者も有り、それなりに楽しめるが、いわゆる二本立ての添え物でないと劇場に見には行かない作品であろう。そういう作品は多いのだが、本当に二本立て興行をなくしたのは、日本映画の損失であると思っている。二本立て専門シネコン作ったらそれなりにはやるとは思うんだけどね。ただし、1時間半以内の映画を作ること!!
映画だが、くだらない話である。そして、最後まで進展がないのがこまったものだ。堤が通う出版社のビルはパレスサイドビルである。ここは、昔、出来た当時に植木等の会社としてよく使われたところだ。そう、植木がこの役をやればまた違った展開が作れる気はした。とにかく、結果的に破たんがないのはつまらない。
まあ、編集者の濱田とのやりとりはそれなりにおもしろいのだが、怒ることもせずにボツにするのは今風なのか?そう、出てくる人が、キャバクラ以外みんないい人だったりするのだ。悪い人はみんな山田に抹殺される。つまり悪い人はその要因なのだ。そして、堤は怒られているのだが、石橋以外にはあまり真剣には怒られていなかったりするのも優しい時代の話ということなのだろう。
山田孝之はいてもいなくてもいい役である。、そして、いつものような無口な手が早い青年。ちょっとこの手の山田はもうあきてきたといってもいい。あまり幅が広がらない感じが気になる。
生瀬も最後は堤に影響されて脱サラをするがあぶなっかしい。結果的にこの三人に未来はみえない。そして、父親を思って留学費用を風俗で稼ぐ橋本も、もっとお客とのやりとりなどで笑いをさそうようにしないと、このネタが広がらない感じがした。
そこそこの役者たちが、無難に芝居をこなしている割に、映画が破たんしないのは、さまざまなスポンサーへの気も使っているということだろうか?とても、この寸止め状態は気持ち悪かったりもする。
ビデオで楽しむには、それなりに笑えるのだが、なにか、結果的に貧乏くさい話であるので、元気をもらいたいような人にはおすすめできない一作である。
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永遠の0
2013年 東宝(製作:アミューズ、電通、ROBOT、白組、ジェイ・ストーム、他)
監督:山崎貴 主演:岡田准一、三浦春馬、吹石一恵、風吹ジュン、夏八木勲
最初に書いておくが、原作者、百田尚樹氏に関しては、その不愉快な言動や態度に関して、個人的には絶対に接触したくない人物と思っている。Twitterはいつのまにかブロックされている私である。だから、その作品を読む気もないし、あまり興味もない。そんな中、ネットの評価はそこそこに高いこの作品を観た感想を提示する。はっきりいって、作り手がなにをいいたいのかといえば「主人公の祖父は戦争で悲しい目に会い、彼の思いが今に伝わっている」という人間の思いの継承的な部分なのだろう。だから、この映画は戦争映画でもないし、右翼高揚映画でもない、ましてや反戦映画でもないわけだ。戦争の現実を知らない作家が、戦争を題材に書いた青春映画的なものでしかない。そして、その内容は恐ろしく浅い感じがした。そういう意味では、これがヒットして、多くの涙が流れたというような状況は私には全く理解はできない。というか、このくらいの中身にしないと今の観客は解らないという部分もあるのだろうが、はっきりいって語るに足らずというところ。監督、山崎貴も私の期待を裏切らない人で、これからも裏切らないだろう。あえていえば、こういう題材を書くのに戦争を使ってほしくないというところだろうか・・・。
三浦の祖母が死んだ。そこで、母(風吹)の父が祖父(夏八木)ではないということを知る。そして、本当の祖父は特攻隊で死んだということも。姉(吹石)は仕事も絡めそこに興味を持ち、三浦をつれて自分の本当の祖父の戦友をさぐりだし、祖父の事を聴いて回る事にする。すると、皆、祖父(岡田)のことを卑怯者だというのだった。戦闘になると逃げて、機体に傷もつけずに帰って来たと皆が言う。そんな中、ある男(田中泯)のところにいくと、「彼は優秀な戦闘機のり」だといわれ、追い返される。そして、病床の男(橋爪功)はそんな父のことを話してくれた。真珠湾、ミッドウェーと彼と一緒だった当時の橋爪(濱田岳)は彼がひとり、冷静に戦闘のまずさを語っていたという。そして、生き残って家族に会うといっていたというのだった。そして、一度、赤ちゃんの風吹にあったことも教えてくれる。そんな絶対に死なないと言っていた岡田が何故特攻に行ったかが見えてこないのだ。そこで、学徒で特攻兵として岡田に教育を受けた男(山本学)に話を聴く。彼は確かに生きることを考えていて、教習生にもなかなか特攻のGOがでないようにしていたというのだ。だから、学徒の皆からも臆病もの扱いだったが、練習で機をつぶし死んだ戦友を上司からかばったことで、認められていったという。そう、彼はまっすぐな男だったのだ。三浦はさまざまなことがわかり、もう一度、田中に話を聴きに行く。田中は、今度は話をしてくれる。岡田と無理に勝負をしてもらい、簡単に罠にひっかけられた話。そして、終戦近くに再会した時には、岡田の様子は全く変わっていた。そして、自ら特攻に志願したことも聴く。そして、一緒に出陣して途中で不時着した機に岡田がのるはずだったという最後のキーとなる話を聴く。そして、不時着した機に乗っていたのは今の祖父(夏八木)だったことがわかるのだ。夏八木は岡田が機が調子が悪いのを知って乗り換えたということを話す。そして、祖母とのなれそめも。そこには、悲しいが、岡田の熱い思いがあることを知り、三浦は今日を生きるのであった。
まあ、はっきりいって、戦争映画というジャンルで考えれば超駄作であろう。前に私が褒めた「男たちの大和」などとくらべればよくわかるが、60年前と今との接点がうまく結び付いていないから、そこに涙を無理やり流すのは無理である。戦争を金のネタにしたといわれてもしかたないような内容だと私は思う。
まず、戦争がなぜ起こったか?そして、何故に岡田が兵隊になったのかもよく説明されていない。そんなに死ぬのがいやなら戦争には自分からいかないだろうし、この地位にあるという事は、志願兵だった感じなので、まったくもって岡田がここにいる意味がよくわからない。だいたい、太平洋戦争をよくわかっていない若いものたちに向けるなら、岡田がすごした歴史的な状況をちゃんと入れるべきである。たぶん、原作者も、監督もそんなところに興味はないのだろう。全く解っていないのかもしれない。百田氏の叫ぶ話を聴くと、彼の頭の悪さもみえてきて、結果がこれなのかと思わざるを得ない。
そして、この岡田が一番戦争がわかっているかのように(彼が山本五十六であるかのように)「真珠湾に空母がいなかった」とか「ミッドウェーの爆弾と機雷のつけかえに文句を言うとか」「ガダルカナルで戦闘は無理だ」というような描写は彼が未来から来たみたいにも見えてしまう。だいたい、そんなに戦闘に参加しない人物なら、上司からリンチもうけるだろうし、こんな地位にいるわけもない。「兵隊やくざ」みたいに逃亡するのが最も似合っているのだ。
そして、岡田のことを語る戦友たちにも、重みがない。田中泯などは、雰囲気は侠客のようなふるまいだが、いっていることはあまり重くない。彼と若い時を演じる新井浩文もうまくシンクロせず、どうも乗れなかった。若い役者との違和感はすべてのキャストについてあり、濱田と橋爪を同一人物に思えなどということは、あまりにも無理がある。こういうキャスティングをしていること自体が映画をなめているとしか思えない。山崎の映画なのだから、どっちかはCGで作ったら良かったのではないか???
CGつながりでいえば、山崎がもっとも得意としている所だろうが、戦争シーンがあまりにもゲーム感覚で、本当にどうにかしてくれという感じである。円谷英二の「ハワイマレー沖海戦」などとくらべても、あまりにも臨場感がない。まあ、円谷氏をここに出すのは敬意に欠けるといわれそうなレベルである。
最後は、三浦が岡田の特攻を妄想するという感じで映画は終わっているが、そこにむなしさはない。彼が祖父の事をどう思ったかは、見ている方には全く理解できない。途中で、彼が合コンで特攻の話をするシーンがあるが、これもただのTPOがわからない青年になっていて、周囲のバカな若者も含め、観たくないものを見せられたという演出。もう、山崎貴のイカレポンチも高みに上がり、この後で、怖そうな田中泯に「顔が変わった」みたいなことを言われるのは、ちょっとおかしい。私に言わせれば、そんな事言う田中はバカである。(山城新伍のやる役なら理解できるが)
という感じで、もっと細かく見ていけば、ネタがつきない戦争を題材にしたヒューマンコメディなのかもしれないと思われるようなことしか書けないのだ。最後は夏八木が染谷将太だとわかるのだが、そういわれれば、彼をいい位置に入れた構図が多かったとは思った。伏線のようで、そうではないのだが・・・。
とにかく、原作をそんなには変えてはいないのだろうが、脚本がぶざまである。そして、こんな映画が記録を塗り替えるような国は、やはりなにかがおかしくなっている感じである。首相もこの映画を喜んで観たらしいが、今の首相でもよくわかるライトノベルであることは確かである。
はっきりいって、日本映画史から消しても全く問題ない映画です。こう書くと結果、宣伝になるのが今の日本映画でもありますけどね。しかし、山崎貴、作品がヒットするから映画を撮り続けられるんだろうけど、本当につまらん監督ですよね。絶対にゴジラの監督だけはやらせないでね、絶対だよ、東宝さん!
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仁義なき戦い 完結篇
1974年 東映
監督:深作欣二 主演:菅原文太、小林旭、北大路欣也、宍戸錠、野川由美子
「頂上作戦」公開の半年後に公開された完結篇。広島抗争の残り香を描き、政治結社としてやくざ組織が再編され、時代を若いものに譲り、菅原演じる広能昌三が引退するまでを描く。笠原和夫から高田宏治に脚本が変わったこともあり、全体的には、エピローグという感じが強い作品。そして、完結篇とは言いながらも、若い者たちの血がおさまったわけではなく、最後は、弱肉強食の世界がなくなる日はくるのか?という問いで終わっている。
広島のヤクザは幹部が出所してきたのを機に金子信雄をトップにして政治結社「天政会」を結成し、それを小林が継ぐ形で仕切っていた。昭和41年、いまだ刑務所の中にいた菅原の子分(松方弘樹)が事件を起こし不穏な雰囲気になり、警察がまた動きだす。小林は自分の逮捕も考え、三代目を北大路にゆずろうとするが、宍戸ら古い体制の復興を目指す派閥が反対する。松方らは宍戸らと近づく。だが、小林の意見が通り、一触即発ムードがたかまるが、結果的には宍戸の逮捕によりおさまる。だが、菅原の出所を控え、混沌とする中、菅原の子分たちが田中邦衛を射殺、広島の実権の方向性が見えない中で小林は出所した菅原に引退をすすめる。そして、北大路の三代目が決まり、襲名式を控える中、北大路は襲撃されるが車に一緒に乗っていた山城新伍が死に、北大路はなんとか命を獲り止める。そんな中、警察の手が回り、襲名式ができなくなるが、北大路は形だけでもと無理に病院を出る。菅原もその場にきて子分を頼むと言って引退をするのであった。そのことで、残された菅原の若いものたちは銃撃戦をおこない死んでいく。その若者(桜木健一)の葬儀を訪ねる菅原は、戦後から20数年の抗争劇を振り返るのだった。
東映がこのシリーズを続けるべく無理に作った完結篇である。まあ、時系列で最後に残った抗争後の戦後処理の話であり、事実だから、完結編というのは嘘ではないのだが、もう力が弱くなった者たちの戦争はただむごいだけにも見える。より、無意味さがみえるところがそう感じさせるのかもしれない。
前半は、三代目となる北大路と宍戸錠との対立構図が描かれる。ここでの宍戸は「広島死闘篇」の千葉真一の役である。北大路は別人だが、実際は再度、北大路、千葉の対立を本当は描きたかったのではないだろうか?そう、宍戸錠が何度見ても陳腐に見えてくるのだ。小林旭が結構、東映色になじんでいるのに対し、宍戸はどうもよそ者感があるというところなのだろうが、千葉をふけさせて、演じさせていたらまた違った映画になったと考えると残念である。あと、その宍戸に寄りそう織本順吉も前作では室田日出男がやっていた役でここもおとなしめになっているのも、同様に違和感を感じるのだ。
脚本のリズム自体が変わっているのもあり、結果的には映画の筋を追うのみの完結編になっているのだ。そして、菅原も刑務所の中にいるので、オブザーバー的な存在であり、そこに観客の視線もあるから、それが物足りなさにつながっているんだろうと思われる。
そんな中、金子信雄もそれほど存在感もないし、小林旭もおとなしい。主役ともいえる北大路も第二部の存在感はなく、さまざまに時代が変わったと感じさせる作品になったのは必然なのかもしれない。
5作品で、役者たちが何人もの役をやっている中、田中邦衛は一貫して同じ役をこなした一人である。まあ、金子に寄りそい、死ななかったということなのだが、完結篇で彼が朽ちていくシーンが最も完結篇という感じもする。うまく生き延びた奴もむなしく死んでいくという感じで、仁義など意味がないという主旨がそこにみえてくるのだ。
ラスト、菅原が引退し、残された若者が暴走する。そこで朽ちる桜木健一が象徴的に描かれる。暴走する場所は「女渡世人」がかかる東映の映画館前。任侠映画との完全な決別もここにみえてきたりもする。桜木の母親が中原早苗監督夫人というのも完結篇らしいところである。そして、菅原がむなしさをかかえながら街を歩くところで、全作を通じてラストを飾る原爆ドームが映し出される。
そうシリーズとして、「頂上作戦」での刑務所の中の空気感以上のラストはないのだ。昭和40年代を象徴するように流れる「池袋の夜」や「星影のワルツ」も菅原たちには不似合いであったりもする。そんな時代の不協和音を明確にするための完結篇だったりもする。
今年に入り「仁義なき戦い」5部作をもって、菅原文太の輝く演技をみてきた。正直、彼を語るには、新東宝時代から、松竹の不遇時代をへて、しっかりと振り返る必要があるように思われるが、そういう文献も少ない。ある意味、苦労人だった部分が抜けているのだ。そして、原発反対を明確に叫んだ晩年まで、男、菅原文太はさまざまにやり残して死んでいったように思ったりもする。高倉健と比較すると、引き出しも多く器用な感じもするが、不遇な部分もあるところから繊細さも感じるし、近さも感じたりする。そして、私の興味も彼の方に強かったりもする。そんな意味で、私には菅原文太の死の方がショックだった気がする。ここで、再度、ご冥福をお祈りして、締めたいと思います。ありがとうございました。
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