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日本映画ブログー日本映画と時代の大切な記憶のために

日本映画をひとりの男が見続けます。映画はタイムマシンです。そういう観点も含め多様な映画を解説していきます。範疇は作られた日本映画全てです。

仁義なき戦い 頂上作戦
1974年 東映
監督:深作欣二 主演:菅原文太、小林旭、金子信雄、梅宮辰夫、加藤武

笠原和夫脚本の「仁義なき戦い」はこの第4部で完結している。最後、雪が吹きこむ広島刑務所の廊下で、菅原と小林が話し、戦争の終結風景に対し「割が合わん」と嘆く感じはこの集団抗争劇の終わりとして日本映画らしいともいえる。この第4部は警察が抗争に加わり、全編にわたり馬鹿試合の連続だ。最後のほうは、敵に自分の組の動きをタレこみ、自分は助けてくれというような、これも有る意味日本的な女々しいブラックコメディに昇華されていく。あくまでも、このシリーズは日本的な人間の絡みあいを描いたものなのだ。そういう意味では、マフィアの抗争劇みたいに格好良くはいかないということである。

広島抗争は昭和30年後半、西日本の神和会と明石組の代理戦争と化した広島抗争は、明石会系の打本組、広能組と神和会系の山守組のわかりやすい構図で大きくなっていったが、市民からの苦情がまし、警察、新聞社が頂上作戦として一斉に摘発を始めた。そんな中、菅原は中立を守る義西会の小池朝雄を説得するがうまくいかない。そんな中、お互いの殺傷事件が頻発し、山守組の小林は菅原に気質になれと説得する始末。菅原は呉を守るが警察に囲まれて身動きできなかったが、金子を殺そうと脱出。しかし、子分の黒沢年男達が感ずく。結果的に黒沢がことをおこそうとするがばれてうまくいかず。加藤武は女といるところを金子に拉致され脅迫を受ける。そこで、菅原が組員の葬式を使って一気に金子たちをつぶそうとした計画がばれ、菅原は警察に別件で逮捕される。金子が一気に勢力を広げる中、小池も立ち上がるが刺殺されてしまう。打本組がテロまがいの爆弾事件をおこし、金子も狙われるが、加藤がたれこみ、命は助かる。だが、警察が大きく動き出し、金子も加藤もつかまる。多くの若者の血を流した抗争は沈静化し、菅原は7年半の刑を受けるが、金子は1年半。あとからきた小林とやりきれぬ今を寒い刑務所の中で思うのだった。

前三作で複雑化した抗争の対立構図ははっきりするが、その中にたまったエネルギーがあちこちで爆発し、昨日の友は明日の敵のように構図はうつろう。加藤武のように弱虫で、おどされると手のひら返しを行うような親分がいるから、話は混沌とし、結果的にコメディーになる。そう、ラスト近くは嗤えるシーンが多かったりもする。そこのところは、笠原脚本がそれまでの任侠映画とは違う方向性をみいだそうとした感じに見える。

そんな中で、渚まゆみの元愛人の青木義郎や野球賭博をやっている小倉一郎などの下の人間たちの風景をしっかり描きながら、抗争のむなしさをまとめあげていくのは、上だけを描くとただのつまらぬ政治ドラマに終始するからだろう。全体像としての広島抗争を結構、派手なアクションシーンを加えながらあきさせず、有機的に重厚感をもってまとめあげたこの映画は、4作まとめてあるから秀逸だということが、続けてみるとよくわかる。(それは、総集編として編集しなおされたものを観るとなおよくわかる)

だが、そんな祭りのような抗争が最後は刑務所の中での菅原の嘆きともいえる、むなしい言葉の中で昇華され、終わっていく。そんな、菅原の姿が学生運動の季節が終わり、高度成長もひと段落しオイルショックにみまわれた日本のやるせなさに同化して映画は不思議なパワーを増幅させたのだと思う。

役者たちも、すべてが今も有機的にみえる。映画は虚構なのだが、嘘のない映画祭りがそこでおこなわれたことが見直すたびに実感できる。まさにここが深作監督の到達点であっただろうし、勢いの中でカメラが勝手に動いているような浮遊感も、この時期の深作映画が奇跡的に到達した雰囲気であり、まねはできても同じ空気感は作れない。そういう意味で、何度見ても凄い映画である。

しかし、ラストの本当に寒そうな刑務所の廊下。そこにあるのは、男の見栄の張り合いの結末。当時、このラストに同じ想いで映画館を出た思い出がある人には、何を書いてもかなわない感じがする。そう、あまりにも脳髄に訴えてくる映画であり、それが時代にシンクロしていたことが理解できることが、この映画の凄みだとしか、私にはわからない。


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仁義なき戦い 代理戦争
1973年 東映
監督:深作欣二 主演:菅原文太、小林旭、加藤武、渡瀬恒彦、金子信雄

仁義なき戦いの第三作目は二作目公開後五カ月のこの年の9月封切り。昭和三十年代の広島やくざの抗争劇を描くものだが、世の中が高度成長になる中で組織拡大が図られる中、利権争いのカードが目まぐるしく変わる様を描く。そういう意味では、一度観て、誰と誰が仲間なのか今一わかりにくいくらいの話だが、その詳細はともかく、みなが自分の利権のために動き、結果的には若いものが死んでいくという図式を渡瀬恒彦演じるチンピラの死を持って最後はみせる、これもかなり印象的なラストである。そして、まとまりのつかなくなった抗争がどうなるのか?次回作に興味をそそられるラストでもある。

菅原は金子から破門され呉でスクラップを扱ってしのぎにしていた。そんな中、菅原の学校の恩師が渡瀬をつれてきて面倒を観てくれという。時、昭和三十五年。村岡組の有力者が殺され、その後目を狙い抗争が起こる。村岡組の加藤がしっかりと落し前をつけなかったのが原因だ。加藤は菅原と杯を交わし神戸の明石組とも盃をかわし巨大になっていくが、山守組の金子も菅原を復帰させ、村岡組は山守組にまかされ、広島一の組にのし上がる。しかし、岩国で起きた傍系の小競り合いで、山守組は実質上の負けを食らう。ここで、金子は病気療養中の小林にすがり、神戸の神和会とくみ挽回をはかる。その工作を拒否した菅原は、金子が組のためにならないと判断し罠にはめようと神和会と渡りをつけて、断絶していた加藤とも盃を復活。できた二大勢力が真っ向から抗争をおこす。そして、その傍らで渡瀬は踊らされ、死にいたるのである。若者の死に向かい菅原は複雑な思いで骨を拾うのだった。

正直、政治的な部分が、複雑で何回見ても、この部分は細部まで理解できていない私である。ただ、加藤武がだらしない男で、彼のいい加減な行動が、西日本のすべてをまきこんだやくざ戦争となるということである。そこに傍観してもいられずに入り込む菅原だが、金子の根性が気に食わず、また話を複雑にする。結果的には敵がそれぞれによくわかっていないという状況になる。そう考えると、まさに「仁義なき戦い」というタイトルはこの混沌の中にぴったりなのはよくわかる。

この作品では、一作目で死んでいった、渡瀬と梅宮辰夫が別の役で出てくる。梅宮は眉毛をそって違う人になっているのは、最初観た時にわらってしまったが、そういうのがこの実録路線のルール無用さでもあるのだ。(それが許される面白さということ)

ここでは、実際に抗争を起こしているものたちにはあまり死亡するものはいない。血を流すので印象的なのは、川谷拓三と渡瀬恒彦のチンピラである。川谷は池玲子を女としてかこっているという、今までで一番いい役で、彼女にテレビを買ってやるためにスクラップを横流しし、侘びとして、指ではなく手を詰めるという阿呆な役である。結果的にはその池を渡瀬に獲られてられてしまうというのは彼らしいというところだろう。

渡瀬は菅原にひきとられるところから、母親との絆的なものも演じながら、最後に無駄に散っていくという印象的なチンピラ役を好演している。ラスト、死んだ彼の遺骨が襲撃にきた車に轢かれ、その遺骨を菅原が拾いくだくところで終わる。怒りとむなしさがそこに集約し、菅原自身の思いが高まる感じがよくわかる。

シリーズは、見事にシリーズ4作目までで、、起承転結のうまい流れになっていることがここでわかってくる。この転にあたる三作目は、時代が一気に高度成長の中、騒がしくなる空気感みたいなものを、前二作とは違った様相でみせてくるのは、笠原脚本の構築力のみごとさなのだろう。とにかく、三作目までで一切の隙のないシリーズであることを確認した次第である。

しかし、このバカくさいヤクザの利権争いは、政治の数の論理と同じなのには笑ってしまう。しょせん、政治家などというものは、これと似たようなことをやってるわけだ。と考えると、こんなものに女性進出とか無理だったりもするわけである。そして、政治家に限って戦争をしたがるのも理解できるというものである。そう、ヤクザ社会はそんな現実の鏡である。
   
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仁義なき戦い 広島死闘篇
1973年 東映
監督:深作欣二 主演:北大路欣也、梶芽衣子、千葉真一、菅原文太、名和宏

「仁義なき戦い」は大ヒットし、この二作目は3カ月後に作られている。そのくらい当時の映画屋は突貫作業が出来たのである。そして、一部で菅原以外のスターを殺してしまったのもあり、二作目はある意味、広島やくざ戦争のサイドスト-リーとして、北大路欣也の演じる一人の若者を追って成立している。本編から外れる部分はあるが、最初に観た時にはこの作品が自分なりには一番おもしろく、印象に残ったことは確かだ。そして、追い込まれ自決する北大路欣也というラストシーンはこの映画のむなしさを最も象徴的に示してもいる。

北大路はいかさま賭博がもとで喧嘩になり務所に入る。態度が悪く反省房に入れられるも居合わせた菅原が彼に飯をやったりした。出所し、闇市のマーケットで無銭飲食をし、テキ屋の大友組の息子(千葉)がいあわせ、痛めつけられる。酒場の主の梶が北大路を介抱する。彼女は村岡組の親分(名和)の姪であった。北大路は村岡組の厄介になるが、梶と深い関係になり、九州に逃げる。そこで、殺しをやり名をあげて東京に戻り、正式に村岡組の盃を受けるのだった。その頃、千葉もテキ屋稼業から村岡組の利権を獲ろうと抗争になる。発火点は村岡組が警備をしていた競輪場だった。そして、千葉は直接村岡組を襲い、名和は北大路に報復をまかせ、逃げた遠藤辰雄を追わせるが、遠藤は山守にたのみ菅原がかくまっていた。菅原は北大路と再会し、報復できるように動かすが、結果的には遠藤は金子に泣き寝入り、遠藤は菅原が殺す事になる。北大路は梶との仲を許され、大友組への報復を開始するが、捕まってしまう。そこで幹部の小池朝雄から、すべて仕組まれた罠だと教えられ、梶が結婚する話を知る。北大路は脱走し、事実確認するが、梶はまだ実家にいた。そして、名和に言われ千葉を殺しに動く北大路。銃弾を千葉に充てるも殺す事は出来ず、指名手配犯として逃げるのみになる。千葉は逮捕され、北大路は菅原の元に行き、そして広島に。小池の話が本当だったことを知り、呆然としたまま、警察に追われ囲まれてしまう。逃げ込んだ家の中で銃で自決。また、一人の若者の命がむなしく散って行った。

北大路には特に目標はない。あくまでも、戦後のしいたげられた自分、戦争で特攻にもいけなかった自分の行き場を極道に求め、必用なき殺人の中で生きる実感を得ていく。あくまでも、それはエネルギーの浪費なのだが、それがこの時代を生きるすべだったと納得して観るのがこのシリーズである。そこの人間の本能的な生き残る論理が見いだされれば映画として納得いくというところか?また、ここでは梶芽衣子という愛する女がいる。彼女のために生きるのも彼の青春の画であり、破滅することですべてが暴発する感じがこの二作目にはよく表現できている。

北大路がまだ若い侍をとにかく有機的に演じきっている。それに対する敵が千葉真一であり、この傍若無人の快演もあり、北大路欣也の代表作であることには間違いない。他に東映的なスターがあまり出てこない分、この作品はシリーズ中もっとシンプルで理解しやすいのも手伝い、北大路が前に出ている。

そして、梶芽衣子も、日活から東映にきて、もっとも美しい時期である。本当に乾いた美しさがある人で、北大路欣也と抱き合うシーンも観客を起たせるだけの色香があるのがいい。最近は肉食系とかいう女に限ってブスだったりするので、もうやりきれないのであるが、梶芽衣子は女はこうあるべきだという見本みたいな人である。(あくまでも私の私感である)

そして、ここでも菅原文太はあくまでも、オブザーバーである。山守組自体の抗争劇でもないので金子信雄も脇役であるが、二人とも、その性格や存在感は十分にさらけだしているという点では、先の展開が楽しみというような扱いになっている。余談だが、この作品の中で菅原が犬の肉を食うシーンがあり、外で犬が泣くシーンがとても私としては印象深い。

脚本の笠原は、もうこの時点でこのシリーズの方向性やまとめかたはイメージしていたのだろうと思う。その中で、北大路欣也のモデルの男をどうしても描きたかったということだろう。そして、この第二作があるから、先のシリーズがなお興味深くなっていることは事実である。

ラストの暗い中で北大路が追い込まれるシーンは映画館で最初観た時にとてもショックを受けた。わざと粗くした画面が北大路の心の荒れた感じにシンクロし、自殺のシーンを演出していく。とにかくも、私はこのラストを観た時に「仁義なき戦い」の作り手たちの凄みを実感したと記憶している。

サイドストーリーだが、このシリーズの中のテーマを語る上でとっても大事な第二作目なのである。

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