日本映画ブログー日本映画と時代の大切な記憶のために -24ページ目

日本映画ブログー日本映画と時代の大切な記憶のために

日本映画をひとりの男が見続けます。映画はタイムマシンです。そういう観点も含め多様な映画を解説していきます。範疇は作られた日本映画全てです。

戦雲アジアの女王
1957年 新東宝
監督:野村浩将 主演:高倉みゆき、高島忠夫、宇津井健、丹波哲郎、古川緑波

1957年の春に新東宝は「明治天皇と日露大戦争」が大ヒット。その流れで作った1958年の正月映画である。そして、後に大蔵貢の妾騒動に巻き込まれる、東映から移籍した高倉みゆきの新東宝での第一回主演作。東洋のマタハリといわれた川島芳子を描いたものだが、スパイ映画ではない。彼女が蒙古の王子と結婚して、その一族の女王として活躍する話である。史実をみると、確かに川島は結婚しているが、家族になじめずに三年で離婚とある。つまり、この一族をまとめて日本とアジアの共闘のために指揮を執ったなどというような事実はないようなのので、あくまでも新東宝的なフィクションなのだが、原作があるようなので、面白い感じで書かれたものをエンターテインメントとして仕上げたというところだろう。結果的には悲恋のメロドラマであり、反戦的な部分は皆無と言ってもいい。まあ、当時としては高倉の美貌だけを無理に売ったというところか?

高倉は清王朝の血を引く娘だが、日本で養女として育てられた。そして、関東軍の高島と恋仲であった。その裏で、蒙古の王子と政略結婚の話が進んでいた。高島は遠方に転勤させられ、高倉には見合いの話が進んだ。高倉は長い髪を切り、親の言うことに従う。その婚礼の中で馬賊が襲撃してくる。高倉は王子と一緒に戦線に望むが、王子は死んでしまう。そこから高倉はここの女王として君臨することになる。そんな中、関東軍の中で革命をおこすべく動く丹波がいた。丹波は高島の部下の中山昭二を馬賊につかまるようにしくむ。そしてそれを追った高島とともに捉えられてしまうのだった。高倉は武器を買い付けることで関東軍とかけあっていた。そして、その帰りに馬賊に捕まる。幽閉された牢の向こうに高島の声を聴いた高倉は声をかける。だが、それが馬賊にしれ、拷問を受け、高倉は蒙古の女王であることを打ち明けなくてはならなくなった。その夜、捕まった3人は逃走に成功するが、中山は殺され、高島と高倉も散り散りになった。その後、高倉は関東軍からの武器の調達に成功する。それを知った丹波は高島を騙し、その武器の運搬を邪魔することを計画する。なにも知らない高島は高倉のもとに運ばれる武器を爆破し、捕まる。犯人が高島と知った高倉はたじろぐ。高島は高倉の配慮もあり、関東軍に護送されることに。そして高島は二人の思い出の写真を渡して去る。高倉は高島を追う。するとそこには丹波によって動かされた馬賊が高島たちを攻撃していた。応戦の末、高島は朽ちる。丹波の策略はばれて丹波は自殺する。高倉は自分の部隊を今日も率いていた。

先にも書いたように、史実は全く無視した川島芳子の英雄物語といったところか?新東宝はこういう映画を流して、それを見た人たちはそれを結構鵜呑みにした時代なのだろう。まあ、その時に川島はもう死んでいたわけで、その事実もあまり公表されていない時代だったからこそ成立した映画だったと思う。

実際、川島が有名になるのは満州のスパイとして動き始めたとされる頃だろうから、この話はそれ以前の彼女の英雄話といったところだ。しかし、事実は彼女は戦闘の指揮をとったようなことはなかったようなので、川島芳子は男勝りの麗人という雰囲気だけから作られた話だと思う。

どちらかというと、丹波哲郎がスパイのように動き、それに翻弄される話である。まあ、話はシンプルなのでわかりやすいが、おもしろくもない。見せ場は馬賊との戦闘シーンくらいだろう。その部分は、結構、しっかりできているが、日本の御殿場あたりで撮ったと思われるセットが絵とわかったりしてしまうあたりは新東宝テーストである。とはいえ、中国に見えてくるから不思議なのだが・・・。

高倉は結婚の時に長い髪は不必要と髪を自ら斬るが、結果的には最後まで長髪である。いわゆるよく写真でみるような男のような川島芳子ではない。これは、大蔵貢の指示なのだろうか?まあ、確かに綺麗な人ではあるので、社長が独り占めしたかった感じはわからないでもない。

だが、長髪を後ろに結んだ女が軍服を着るというのはなかなか絵になったりする。高倉の颯爽とした姿もなかなか見栄えがするので、当時はそれで映画としては成功だったということかもしれない。

まあ、戦争というと、スパイと裏切り者は絶対的に必要なわけだ。そう、戦争はビジネスの一面があり、ここにでてくるような武器の調達を妨害するとかそういう話は日常茶飯事になる。今の日本は武器輸出も解禁し、核までもとうと考えているのだ。本当にまぬけな国になったものである。間抜けな国は間抜けな国の真似をしたがる。まあ、日本自体が新東宝テーストになりつつある感じが本当に情けない思いである・・・。

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暁の脱走
1950年 東宝(製作:新東宝)
監督:谷口千吉 主演:池部良、山口淑子、小沢栄、伊豆肇、若山セツ子

田村泰次郎原作「春婦傅」の最初の映画化作品である。そして、脚本は谷口と黒澤明の共作。そういう意味ではなかなか見ごたえのある戦場のメロドラマといったところである。あくまでも、ここの主人公たちの不幸は上官の小沢に嫉妬されたことにある。軍隊だからこそというのではなく、今の世の中でもこんな感じで不幸に落とされるものも多いだろう。戦争を指揮するものなら尚更こんな感じになるのはわかる。戦争など、国のためなどという前提でやるのはあくまでもいいわけである。ろくなものでないので、こういう意味ない不幸ばかりを起こすのである。

終戦間近の中国戦線。日本軍が帰ってくる。そこにいなくなっていた兵士(池部)と慰問団の女(山口)がいた。捕虜になっていたのを助けられたのだ。その出会いは慰問団がここに来る時だった。途中、敵の攻撃に会い、山口が顔をだすと「死にたいのか?!」とどなる兵士が池部だった。そして、兵士と慰問団は基地に到着する。山口は歌で兵士たちを魅了するのだった。その夜、上官の小沢が山口を無理やり抱こうとする。そこに電報を持ってきたのが池部だった。小沢は全て秘密だと池部に行って去る。そして、山口は池部を好きになるのだった。そして、たびたび声をかける山口。池部は避けようとするが恋に堕ちる。小沢の嫉妬がひどくなる。そこに敵襲。池部は銃弾に倒れる。見方は撤退する。動かない池部をみた山口は死んだと思い短剣で自殺しようとする。しかし、敵に捕まるのだった。中国の部隊は池部に手厚い治療をしてくれた。山口が中国語を話せたのでよくしてもらえる。しかし、目覚めた池部は屈辱を感じる。中国軍は日本人の洗脳を解こうとする。そして、しばらくして池部と山口は日本軍にみつかり戻されるのだった。そして、尋問にかけられるが、すべては小沢がしきっていた。調書も全て作られていたのだ。幽閉されている池部をみて不憫に思った同僚の伊豆は彼を牢から出し、山口にあわせてやる。池部は「逃げよう」といい、山口に手榴弾を盗んで来いというのだった。池部はそれをその場で爆発させようとするが不発に終わる。一度死んだというふたりは中国人にばけて逃げることに。伊豆はそれを知りながら、門の外に出るまで待ってやった。そして、時間を見てサイレンを鳴らす。それを聴いた小沢は怒り狂い、自分で逃げるふたりに向けライフルを打ち続ける。朽ちる池辺。息絶え絶えの山口は彼の手を握ろうとする寸前で朽ちる。池部は病死ということで処理されるのだった。

私は鈴木清順監督の「春婦傅」を先に見たので、この映画がかなりマイルドに見えた。GHQの要請があり、主人公の慰安婦が慰問団の歌手に替えられたそうだ。それは、山口淑子と野川由美子のテーストの違い通りの映画の違いになっている。

山口は、当時としたらちょっと日本人離れした美人だが、細いがスタイルが特にいいわけではない。同じく慰問団の一員で出ている若山セツ子のほうが日本人受けする美人だろう。だが、主役としてはやはり山口の存在感はすごいものがある。中国語ができることで、中国人と話をするシーンもでてくるが、演技のスタイルが出来上がってる感じがスターなのだ。

池部はここでは丸坊主の無骨な兵隊であり、二枚目という部分は少し捨てている。あくまでもいじめられ役という感じだからこそ、最後に自分の自我で脱走を試みるという部分は見ごたえがある。そこは黒澤脚本も意識してのことだろう。

そして、戦後5年後の映画だが、セットがなまなましい。すべて日本の中でのロケだろうが、中国にしか見えないオープンセットは圧巻であり、その空気感が映画を重厚にし、男女のパッション的なものも高めている感じである。ラストの砂漠のような場所はどこなのか?黒澤的な画である。

娼婦でなく慰問団ということもあるのだろうが、少し女たちの格好が綺麗すぎる。毎日、風呂に入っているような体裁は少し不自然である。主役の山口はそれでもいいのかもしれないが、兵士の汚さと差がありすぎるのが気になった。そして、こんなめかしこんで娼婦的なことは一切なしという感じなのはおかしい。まあ、規制がかかったということなのかもしれないが・・・・。

そんな違和感もあるが、映画としては結構まとまっていて、山口の歌も聴けるし、当時としてはかなり話題作だったようで、思い出の一本としている方も多かったようだ。

まあ、小沢栄のすこぶる偉そうな上官がいてふたりは不幸になるのだが、今の日本を見ると安倍晋三が小沢みたいなものである。集団的自衛権で戦争にいかされて戦死しても病死だといわれるということである。けして、そんな日本にしてはいけないのだ。原爆の祈念の文を使い回しして平気でいたり、他人の話のときには寝ているような首相にゲームの駒のように使われる筋合いはないのだ。映画の中で、池部が捕虜になったところをくやみ、中国人が気のどくに思うシーンがあるが、とにかくまずは洗脳されないことである。みなさん、本当に気をつけましょう!!

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海軍特別年少兵
1972年 東宝(製作:東宝映画)
監督:今井正 主演:地井武男、佐々木勝彦、内藤武敏、小川真由美、三國連太郎

東宝8.15シリーズの中でも反戦色が高く、出来も良い作品である。それだからかもしれないが、昨今はあまり見られる機会がない一作。14歳の子供たちが軍人として育てられ、防人にされた事実はあまり振り返られることもない。大事なのは、若い兵士たちの家族のほとんどが貧乏だということだ。生活のための志願が多いということ。たぶん、今、戦争をするために素人軍隊を作ったら、同じような状況だろう。戦争など、貧しく弱いものを戦場に送り、利権者が自分の私腹をふくらますためのゲームである。その事象が法律など無視されて行われるのも歴史的には当然。そう考えれば、「戦争など語る政治家は糞」だということがよくわかる。この映画、今だからこそ、若い人に多く見ていただきたい一本である。

昭和十八年、14歳の少年たちが海軍に志願し特年兵として育てられることになる。兵士不足に対応するためだ。その彼らを教育する厳しい教官(地井)は、あくまでも海軍の兵隊として彼らを扱うために規律を重んじた。地井は彼らに故郷に手紙を書けというが、訓練が厳しいなどと書いたものには書き直させた。だが、そんな中、家に金を送ると書いたものが目に留まる。父(加藤武)が酒に溺れ、母(荒木道子)を助けるために同じく志願した友人の父(内藤)にすすめられ志願した兵士だった。地井は手紙を出すことを許す。あるものは、姉(小川)が娼婦で家を支えるのに耐えられずに志願したり、父親(三國)がアカだとののしられるのに反抗して志願したりしていた。ほとんどの家庭に問題がありここにいるのだった。そうはいっても地井は彼らを兵士に育てるために手は緩めなかった。もうひとり、後からきた教官(佐々木)は皆に優しく当たり、地井とは対象的な態度をとった。そんな中、面会の日、小川は合わす顔がないと佐々木にもってきた食べ物をあずける。そして近くの食堂でやはり郵便を息子におくろうとしていた三國にあう。なにか心が通う二人だった。彼らの訓練は実践に入り、そこで問題が起こる。荒木の息子が演習中に短剣をなくしてしまったのだ。みなで探すも見つからず、最後は地井がひとり探しみつかるが、帰るとその兵士は自殺していた。その後、地井は自ら学校を去っていく。そのころ、また小川が訪ねてくる。結婚すると弟に行ってくれという。だが、実は脱走兵と駆け落ちしようとしていたのだ。そんな簡単に幸福はやってこず、そんな中で、彼らに硫黄島への出動が指示される。戦場で彼らを指揮するために地井がいた。兵隊たちも喜んだ。そこでも、地井は彼らを子供ではなく兵士として扱った。玉砕しかないという中で、子供たちをそうさせるのは耐え難いという佐々木らの考えに地井は反対する。「彼らは兵士だ。だから、彼らも自ら玉砕を選ぶはずだと」地井が彼らのもとに走ると、彼らは地井の言ったとおりに死を選ぼうとしていた。

昭和18年、彼らが訓練に入った時には完全に日本は戦争で劣勢になっていたはずだ。それでも、長期戦を考えて14歳の子供たちを兵隊に仕立てることを考えたのだろう。これも日本の負の歴史である。だが、このような事実は会津の白虎隊や二本松の少年隊みたいな前例があり、日本の精神主義的なものを伝えることが子供に強要された末の結果なのだろう。今の日本をみるとまたもやここに向かうような気もする。そう考えると、今の政府のやっていることがいかにおぞましいことかがよくわかる。そういう確認のためにも多くの人に見ていただきたい戦争映画である。

戦争映画といっても、戦闘シーンは最初と最後の硫黄島での玉砕シーンだけである。それも、悲しくアメリカの銃弾に朽ちる部分だけ。そして、冒頭ではアメリカ兵に子供だといわれた兵士が「海軍特別年少兵だ」といって朽ちていく中、タイトルがでる。あくまでも、なぜにこうなったのかを問う映画ということなのだろう。

そう、映画の大半は年少者の彼らをうけもつ地井武男の教官と彼らとのやりとりであり、彼らの家族の悲惨な状況である。戦争という国の税金の無駄使いが、多くの家庭を悲劇におとしこんでいることがよくわかるし、金のために彼らが兵隊になる道を選んだこともよくわかる。たぶん、今、日本が戦争をやることになったら同じような悲劇が起こることは間違いない。そういう意味でも、多くの人に見ていただきたいのだ。軍事費を増やすだけの消費税増税など、本当に糞である。

途中、天皇にもらった軍剣をなくし、懲罰必死といわれ、死んでいく子供の話がある。この子に対しては、初めから親が酒飲みで貧乏し、金のためにここにいるということを話されているので、かなり辛い話だ。しかし、戦争はこのように天皇を絶対君主にして成り立っていた事実もここでうきぼりになる。今だったら、安倍首相が最高君主で、武器はすべて彼から与えられたものとされるのか?そう考えるだけでおぞましいし、安倍の思考回路の可笑しさを嗤うしかないわけである。

ここにでてくる子供たちは14歳だ。今の精神構造にしたら、18歳くらいになるかもしれない。そして、戦争をやるなら18歳くらいの男たちが防人としてはバツグンの旬になるだろう。そうなったら、食肉と同じである。戦争は人間を食肉と同じにする。だから、その存在をよしとする石破茂などは肉屋のオヤジみたいな顔をしているのかもしれない(肉屋の皆さんごめんなさい・・・)

もうひとつかなり印象的に出てくるのは、訓練生の姉であり、娼婦をしている小川真由美だ。自分の仕事の恥ずかしさはしっている。でも、それでしか生きていけないこともわかっている。そんな生き方だから、いわゆるアカの三國連太郎と話があったりする。そして、このふたりは作り手の代弁役でもあるのだろう。時代が悪すぎるのを実感しながらも、自分に正直に生きるしかない感じがせつない。三國は、「はだしのゲン」でもアカの役をやっていたが、この無骨な感じが息子を兵隊に志願させたことも納得させてしまう。名演だ。

小川が持っている「恩賜のタバコ」が印象的に出てくるのも残るところである。三國はもらうのを拒否するし、最後にはそれが佐々木から弟のところに周り、彼らは玉砕の前に初めてのタバコを吸う。そう、彼らが子供だったことを最後に確認させる道具だったりもするのだ。

学校で、肝になる、懲罰中心か、心をもった教育かという部分は、圧倒的に懲罰が子供たちを兵士に仕立てていく。もちろん、地井武男の隠れた優しさがあってこそなのだが、戦争を行う部隊とはそうならなくては相手に適応できないのだと思う。そう、徴兵令で教育をしなおす的なことをいう人が多いが、徴兵とは人間をロボットにする行為なのだ。以前、私は韓国の技術者の方々と一緒に仕事をしたことがあるが、ここで徴兵を免除された者と兵役に行ったものの考え方の差に驚かされたのを思い出した。徴兵に行ったものは絶対に上司には逆らわないのだ。あくまでも、軍隊は人間を兵器にするシステムなのである。

いろいろと考えさせられる2時間半弱の映画であるが、日本はこの過ちを繰り返そうと考えていると思うと本当につらい映画であるし、とにかく「集団的自衛権行使」など、キチガイのいうことを絶対にきくべきではないと思う。

とにかく、日本の戦争の醜い部分として特攻がよく言われるが、庶民たちにも、もっと多くの醜い悲惨な日常を与えたということを忘れてはならない。そして、こんな過去をくりかえしてはならないのだ。ちょうど、今日は長崎に原爆が落ちた日である。戦争について今一度考えていただければと思う。

若者というものは、国の中で現実の醜いもののために使うのではなく、未来のために使かわなければいけないのではないだろうか?そういうことを、とことん考えるためにおすすめする一本だ。

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