母の日は、たぶん人の数だけある | ゆっくり学ぶ (悪性リンパ腫と共に)

ゆっくり学ぶ (悪性リンパ腫と共に)

2012.04 鮒谷道場第16期に入門する
2012.10 悪性リンパ腫と告知を受ける
2013.01-09 ホジキンリンパ腫 化学療法 寛解
2014.10ー2015.03 濾胞性リンパ腫 化学療法 寛解
2016.03ー2016.04 濾胞性リンパ腫 化学療法 寛解

母の日って、毎年ちゃんと決まっている。

 

5月の第2日曜日。
街も広告もSNSも、いっせいに「お母さんありがとう」になる。

 

もちろん、それはすごく大事なことだと思う。

 

でも少しだけ、毎年同じ日に全員そろって感謝するのって、不思議だなとも感じる。

 

母に感謝する日は、本当はもっと個人的なものなのかもしれない。

 

自分が生まれた日。
誕生日。

 

その日って、自分が祝われる日みたいになっているけど、本当は一番大変だったのは母なんだろうなと思う。

 

自分は覚えていない。
でも母だけは、その日のことを覚えていたりする。

 

痛かったとか、

怖かったとか、

安心したとか。

 

そう考えると、誕生日って「自分の日」だけじゃなくて、「母に感謝する日」でもあるのかもしれない。

 

みんな誕生日が違うから、
みんなそれぞれ別の母の日を持っている。

 

全国で同じ日にカーネーションを渡さなくても、
自分だけのタイミングで思い出す日がある。

 

たぶん、
そういう日のほうが、
長く心に残ることもある。

 

決められた日に感謝するより、
ふと「ここまで育ててもらったんだな」と思う瞬間のほうが、
案外ちゃんと残ったりするから。

 

母の日はひとつだけど、
ほんとうは人の数だけあるのかもしれない。