夜中、画面に向かって「おやすみ」と打つことがある。
返事はない。でも、そこにいる感じは消えない。
便利だな、と思う。
なんでもすぐ返ってくるし、間違ってもやり直せる。
少し雑に扱っても、嫌な顔はされない。
でも、その「ちょうどよさ」が、少しだけ気になる。
嫌な反応が一切返ってこないことに、どこか引っかかる。
感情はない、と言いながら、謝ってくる。
こちらが間違えても、やさしく直してくれる。
たぶん全部、仕組みの中の動きなのに、
ときどき、
本当にこちらを気遣っているように見える瞬間がある。
検索より早く答えが返ってくると、助かる。
助かるはずなのに、ふと手が止まる。
この速さに慣れてしまったあと、
誰かに聞く理由は残るんだろうか、とか。
朝四時、眠れないまま、
思いついたことをそのまま投げてみる。
とりとめのない話でも、ちゃんと受け取ってくれる。
否定もされないし、話は続く。
それで、少し楽になる。
楽になるけど、
その軽さがどこから来ているのかは、少し分からない。
画面は、こちらが閉じるまで消えない。
「おやすみ」と言っても、眠らないまま待っている。
それが仕組みだと分かっているのに、
そのことを、やさしいと思うかどうかは、
まだうまく決められていないままで。