夜は暗いものだった。
だから人は、自然に眠っていた。
でも電気が広がって、夜でも明るくなったとき、
その当たり前は、少しずつ崩れていった。
気づけば、夜に活動するのが普通になっていた。
技術は、「できること」だけでなく、
「当たり前の前提」も静かに変えていく。
同じようなことが、
これからAIでも起きるのかもしれない。
よく「人は考えなくなる」と言われる。
たしかに、
調べることや、文章をまとめること、
少し面倒な思考は、AIに任せられるようになってきた。
少しずつ、
自分でやらなくてもいいことが増えている。
でも、それだけの話なのか。
電卓が出たときも、
暗算は減ったけれど、数学がなくなったわけではなかった。
ナビがあっても、
人はどこかへ行こうとすることをやめなかった。
だから今回も、
「考えなくなる」というより、
考える場所がずれていくだけなのかもしれない。
たとえば、
何かを調べるとき。
前は、
どうやって調べるかから考えていた。
今は、
何を聞けばいいかを考えるようになっている。
そしてこれからは、
その「何を聞くか」すら、
AIが提案してくるかもしれない。
そうなると、
自分が考えているつもりでも、
選ばれた問いの中で考えているだけ、
という状態も増えていく。
気づきにくいけれど、
少しだけ違う状態。
電気が夜を変えたときも、
「眠り方が変わった」と強く意識した人は、
きっと多くなかった。
ただ、
生活が少し便利になって、
そのまま慣れていっただけだった。
AIも、たぶん似ている。
便利になって、
速くなって、
うまくいくことが増える。
その中で、
何が変わったのかは、
あまり意識されないまま進んでいく。
考えなくなる、というより。
どこからが自分の考えなのか、
少しだけあいまいになっていく。
そのあいまいさを、そのままにしてしまうのかどうか。