AIが間違ったことを言うとき、
つい「嘘ついたな」と感じてしまう。
でも、その言葉を口にしたあと、
どこか少しだけ引っかかる。
ほんとうに、それは「嘘」だったのか、と。
「嘘」という言葉には、
誰かを騙そうとする意図とか、
よくないとわかっていてやる感じとか、
そういう人間側の前提がくっついている。
でもAIは、そこにいない。
考えて選んでいるように見えて、
それまでの流れから、もっとも続きやすい言葉を選んでいるだけ。
そこに「わざと」は、ない。
たとえば、もっともらしい説明をしているのに、
よく見ると事実とズレていることがある。
読みながら「それ違うな」と思ったとき、
なんとなく裏切られた気持ちになる。
「ちゃんとしているように見える形」で出てくるから、
余計にそう感じるのかもしれない。
でも、よく考えると、
そもそも「ちゃんとする」という意識自体が、
あちらにはない。
失敗しているだけなのに、
こちらが勝手に意味を足して、
「嘘」という形にして受け取っている。
たぶん、その変換は
かなり無意識に起きている。
人間は、言葉の向こうに
必ず「誰か」を見てしまう。
意図とか、責任とか、
そういうものを置ける場所を探してしまう。
でも、そこに誰もいないとき、
それでも同じように扱ってしまうのは、
ちょっと不思議でもある。
「嘘」と呼んだ瞬間に、
何かを理解した気になるけれど、
もしかすると、その一歩手前で止まったほうが、
見えてくるものもあるのかもしれない。
「嘘」と呼ばなかったあとに残る、この感じが
まだ名前を持っていない気がしている