やがて夏休みになった。省三は毎朝5時頃起きてジャイアンツの選手がトレーニングしていた近くの公園の周りを1時間ほど走った。8月下旬巨人軍は来た。若い選手が去年より2、3名増えていたがレギュラーの選手は変わりなかった。若手の選手は公園の周りを1周してから武庫川の土手を十数名で走っていた。省三も選手の後ろについて走った。選手たちも軽いジョギング程度なので省三も後れながらでも何とかついていけた。


「きみ、去年サインをしてあげた子だね。我々の走りによくついてこれるね。何年生だ?」選手たちは省三のことをよく覚えていてくれた。

「小学6年です。あれから毎日小学校の校庭を15、6周走っています。夏休みになってからはこの公園の回りを走っています」

「この調子で走っていたらいい選手になれるよ。がんばれよ。」

このように気軽に声をかけてくれたのは後年レギュラーで活躍する柴田勲選手だった。


そして将来省三の作った赤いバッテンググローブをしてテレビで見せてくれた最初の選手だった。又青い稲妻というニックネームで活躍した松本匡の青い手袋も、張本勲選手の黒い手袋も省三が作り出すのだがこの6年生のときの選手に抱いた憧れが省三の人生の大きな柱となったのだった。そしてプロ野球選手が雲の上の人だったのが地上で一緒に汗を流す身近な存在になって来たのであった。現在アメリカのメジャーリーグで活躍している松井秀喜、イチローの手袋も省三が開発したものだった。


~第34話に続く~

「ただいまー。あれ省ちゃんきょうは靴磨きかい」隼人は玄関にしゃがみこんで靴を5,6足並べて考え込んでいる省三に声をかけた。

「お帰りなさい。隼人兄ちゃん。革靴の紐ってどうして革でないんやろ」

「急に聞かれてもなー。どうしてそんなこと聞くんだ?」

省三は放課後いつも毎日校庭を走っていること。鈴木千代のお母さんに使い古しの足袋をもらったこと。それを改良してマラソンシューズを作っていることなどをキュウちゃんの針仕事を見ながら説明した。


「なるほど大体わかった。なんで校庭を毎日10周も走ってるんだ?」

「隼人兄ちゃんが学校は頭やない。根性やいうたやろ。だから根性を鍛えてんのや」

「わっははは。省ちゃんはやっぱり面白いわ」隼人が大声で笑うのでキュウちゃんも白い歯を見せて笑った。


「さっき聞かれた紐のことだけど革靴は綿の紐がええと思うわ。足袋は綿製だから革紐がええと思うわ。僕の部屋に革紐があるから少しあげよう。それと紐を通す穴あけポンチもあるから貸してあげる。穴を補強するハトメは会社にあるから明日持ってきてあげる。足袋の底は手袋用の革を持ってきてあげる。足袋の底にあわせて切ってキュウちゃんに針でかがってもらったらいい」


「さすがー。隼人兄ちゃんはプロや。一挙に解決や」省三は今まで悩んでいたことが隼人のヒントですべて解決し、もうマラソンシューズが出来たように思い始めていた。

「だけど省ちゃん、足袋を改良してマラソンシューズを作るなんてすばらしい発想や。運道具屋でもマラソンシューズなんて売ってないもんな。これは校庭を毎日10周も走ってるもんでないと出てこん発想や」隼人は本当に省三がすばらしいシューズを開発したと思った。


3日後何とか3足のシューズが出来上がった。ポンチで穴を開けハトメで補強した穴に革紐を通して絞ったアキレス腱あたりの締まり具合も悪くなかった。

足の甲側が開きすぎてあまりフイットしなかったので両側に穴を開けて革紐で絞るようにした。上から見ると革靴のようなデザインになった。底は隼人が持ってきてくれた作業手袋用の厚手の革をキュウちゃんがタコ糸のような太い糸で縫いつけてくれた。


省三は新しく出来たマラソンシューズでいつもの校庭を走った。軽くて、靴底は柔らかく足の指で大地を鷲つかみしているような感じがした。いつもは10周が限界だったがこの日は16周も走れた。すばらしい効果だった。


~33話に続く~

「でも待ちどうしいな」省三は作業が中断するのが惜しかった。

「このばっさり切っちゃった切り口を何とかしないとね。このままだとほつれてきますよ」

キュウちゃんに言われて省三は鋏で切った切り口を調べてみると確かにほつれそうだった。


「この切り口は私が糸でかがってあげる。かしてごらん」

キュウちゃんはタコ糸のような太い糸でくるくると回し縫いでかがりだした。

「キュウちゃんの縫いは上手だね」省三はキュウちゃんの手元を覗き込みながら言った。

「お世辞いっちゃって。私に全部やらせようと思ってるでしょう」

「ほんと。お世辞じゃないよ。僕も手袋の仕事を工場でよく手伝っていたからわかるんだ。キュウちゃんの縫い方はプロみたいだよ」

「またまた、お世辞いっちゃって」キュウちゃんは笑いながら赤い舌をぺろりと出した。


「それより革紐でどう絞ったらいいか考えなさい」キュウちゃんは急にお姉さんのように省三に命令するような口調になった。

「そうだよね。ちょっとお父さんの革靴見てこよう」省三は玄関の下駄箱の何足かの革靴を調べた。ヒモはすべて綿で編んだような靴紐だった。靴には丸い穴ががあけられ穴はハトメで補強されていた。そこへ急に玄関のドアが開いて隼人が帰ってきた。

 

~第32話に続く~