省三とキュウちゃんが白鳥の駅について改札を出ると母の美奈子と弟の勇が迎えにきていた。

「ただいまー。みんな元気」省三は母にぴょこんと頭を下げた。

「お兄ちゃん、お帰りなさい」一層背が伸びて省三よりはるかに大きくなった勇がはにかんだような笑顔で言った。

「勇はまた背が伸びたようだな。」省三は弟の顔を見上げて言った。


「お母さん。こちらキュウちゃん」

「野口久子と申します。よろしくお願いいたします」

久子は美奈子に丁寧にお辞儀をして今度は省三に向かって睨むようなしぐさをした。

きちんと本名で紹介してくれなかったのが不満のようだった。

「美奈子です。よくこんな田舎に来てくれたわね」


駅前のうどん屋も以前のままだった。美奈子がうどん屋の前を通りすぎようとしたとき「お母さん、山越えで行こうよ」と省三はうどん屋の手前をプラットホームに沿って歩き出した。


「お兄ちゃん、さすがにこの山はよく知ってるね」いつも省三の後を金魚の糞みたいにくっついて遊んでいた勇が言った。

「そりゃ知ってるさ。この山は僕たちの巣みたいなところだからな」

省三は背丈よりも草の生い茂った場所に竹で小屋を作ってそこを基地にしてチャンバラごっこをしていたのを思い出した。基地には勇とか省三と仲のいい子供たちがいつも10人ばかりがその竹小屋に集まって遊んでいたのだった。省三は小さいときから仲間をつくるのがうまかった。


~第37話に続く~

「省ちゃんはいいわ。お父さんが白鳥に立派なおうちを作っているんですもん。私は早くに両親をなくして帰るところなんてないんだもの」

キュウちゃんは今にも泣き出しそうだった。

「キュウちゃん、大丈夫だよ。僕と一緒に白鳥に帰ろう。お父さんに頼んであげる」

「ほんとう、もしそうなら大変うれしいけど」キュウちゃんの顔が急に明るくなりうれしそうだった。


それから数日たった3月初旬父の秀雄から省三に電話があった。

「甲子園の家は処分するから父の身の回り品、家財道具、を順次白鳥の新しい家宛に送るように」という内容だった。

「そして6年が終わった春休みに省三も白鳥に帰ってくるように」と言われた。

「キュウちゃんも一緒につれて帰ってもいいですか」と省三はあわてて父に頼んだ。

秀雄は少し考えているようでしばらく沈黙していたが「いいだろう、キュウちゃんも行くところがなくて困っているだろう。連れてきてあげなさい」と言った。

「キュウちゃん、お父さんのOK出たよ。一緒に白鳥へ帰ろう」

「わーうれしい!」

電話の横で省三の電話を心配そうに聞いていたキュウちゃんは飛び上がって喜んだ。


それから毎日引越しの荷造りが続いた。省三も学期末テストの最中だったがキュウちゃんと協力して荷造りしては白鳥の新しい住所に送り出した。最後の荷物を送り出し西宮の小学校の卒業式も無事終えて省三とキュウちゃんは神戸港から関西汽船の“るり丸”に乗って高松へ向かった。


~第36話に続く~

夏が終わって秋も深まってきた頃父の秀雄は白鳥の新しい家の建築のため白鳥にいる期間が多くなり甲子園は省三と隼人、キュウちゃんの3人で暮らす日々が多くなっていった。


冬休みが終わって学校の校庭でランニングを再開したがどうも省三は元気が出てこなかった。お正月も父は甲子園の家には帰ってこなかった。隼人も年末から実家のある四国の丸亀に帰りキュウちゃんと二人でお雑煮を食べた寂しい正月となった。隼人は丸亀に帰ったきり1月も終わろうとしているのに甲子園に帰ってこなかった。


2月下旬になってキュウちゃんと二人で夕食をしているとき彼女がぽつりと言った。

「省ちゃん、大変なことになりそうだわ。お父さんの会社つぶれそうなんですって」

「ええー、あの渡瀬貿易が!」省三は悲鳴に近い大声で叫んだ。

「今日隼人さんから電話があったの。このおうちもやがて人手に渡るから私も身の振り方を考えとくようにって。そして隼人さんの身の回り品は整理してダンボールに詰めてあるから丸亀の実家のほうに送ってほしいって。」


省三は“助かった”と思った。あんなに進学のことで父から強烈なプレッシャーを感じていたのに父のほうから倒れてプレッシャーの厚い壁が音立てて崩れていくような気がした。これで幼馴染の友人たちと地元の中学、高校にいけると思うと急に肩の荷が下りてほっとした気分だった。


~第35話に続く~