1年ぶりの発熱・・・
隠岐の島ウルトラマラソン完走後も、自覚はなかったものの疲労蓄積から「帯状疱疹」に罹り、やむなく1週間ほど安静にしていた(とはいえない行動だったけどね~)とはいえ、寝込むなんてことはなかった。
一昨年、風邪をこじらせ那覇マラソンに出かけたものの残念ながらDNSとなってからというもの、寝込むなんてことは皆無と言う状況ですごしてきた。
今回、2月の「泉州国際市民マラソン」に賭ける意気込みもあって、年明けからしっかり走り込みもし、また外出時にはマスクをつけるなどかなり慎重に自己管理をしてきたつもりであった。
だから、「泉州国際市民マラソン」では「体調は万全である!」と自己暗示にかけてスタートしたわけだったが・・・今から思い返すと、あの胃の不快感・吐き気なども、今回の予兆だったのかもしれない。
それは突然やってきた。
16日(月)は、朝5時過ぎにおきて新大阪に向かう。そして6時台の新幹線に乗り、新横浜、そして会社に向かった。![]()
筋肉痛があった。フルを走ったあとというのは多少筋肉痛も残るのはあったものの、節々に錐でも刺したような痛さが時々あり「なんかヘンだなあ」とは思っていた。
からだもだるかったが、早めに帰宅しゆっくり寝た。
翌17日(火)は、普通に起床し仕事にでかけた。今までならフル完走後翌日から走っていたが、なんだか今回は精神的にも、気力もなく、またからだも重たく走る元気が無かった。「まあ、明日水曜日は休みだから、そのとき長く走ればいいさ」と思っていたのだが。
夕方、浜松町の本社に用があり出かけそして直帰。
このとき、けっこう疲れを感じていたが、こういうときに限って電車は混雑し座ることもできず立ったままようやく自宅に帰った。
食事を済ませ、なんとなくからだも重かったので、風呂に入って寝ることにした。
ベッドに横たわりしばらすくすると、なんだか妙に寒い。ふとんをしっかり重ねてみても、からだの芯からゾクゾクという振るえが時々発作のように全身を襲う。![]()
「やば~。こりゃ熱が出るなあ~」と思い、妻に布団をもう1枚かけてもらってようやく落ち着く。
市販の風邪薬ものみ、そして布団にくるまって震える。
しばらく、発作のような震えが何度かあり、またおなかもごろごろ言い出す。
眠いのに、眠れない。そういう時間がしばらくすぎて今度は汗が出始める。サウナにはいったような汗。
一汗かいたあと、下着とスエットを着替えて、体温を測ったら・・・38度を超えていた。![]()
いったん発汗によって下がった体温が38度ということは、たぶん39度か40度程度一時はあったのだと思う。
そのあと、しばらく眠れる。
翌水曜日は休みであったので、朝から病院に行きすぐインフルエンザの検査もしてもらい陰性とわかる。
そうしたら気楽になったので、カイロに行ってマッサージもしてもらい帰宅し、午後はひたすら寝る。
午後5時くらいまでほとんどベッドから出ずに、寝たり本を読んだり・・・思い返せば休みの日に1kmも走らなかったのは、本当に久しぶりのようだった。
熱はもはや平熱に近い状態まで下がったが、おなかは調子悪い。下痢もある。それに何より、頭痛と目頭の痛みがたまらない。じっくりPC画面やTVを見る気力がうせる。
夕食後もすぐにベッドに入りただただ横たわる。
しかし、普段動くことが好きなだけに寝ているだけだと、今度は腰が痛くなる。
そんなこんなで、19日(木)の朝を迎え、会社に向かった。
思い返せば、レースで走っていたときに胃の不快感、吐き気などはその予兆だったのかもしれない。
筋肉痛はまさにその兆候であったわけで。
いや、だからといって今回の「泉州国際市民マラソン」のだらしない結果のいいわけとしても仕方ない。
それはそれ、これはこれ。だって、調子はいいと自分では思っていたし。
そうでなかったら、最初から普段の自分のペースのマイナス30秒でハーフ以上走り続けることはできなかったと思う。
こういう病に罹ると、「もう齢だなあ~」とネガティブモードに入ってしまうのでした。
今日も早く帰宅し早く寝ることにし、早く復活しないと・・・。
まだまだ、今シーズン 「かすみがうら」もあるし、メインイベントの「隠岐の島」もあるのだから。
ダウン
朝から寒いなぁ、とは思っていたが、夕方、浜松町の本社に用があり、その後直帰した。
しかし、なんだか気分もすぐれないし、筋肉痛がひどい。
おかしいなぁ、と思って風呂に入ってベッドに飛び込んだが、ひどい寒気が一気にやってきた。
多分、39度は超えていたと思う。
一汗かいたあと、体温は38度だった。
そして今日は医者に行き薬をもらい、久々に寝込んでいます。
ブログも更新できす。
相当疲れがたまっていたのかもしれません。
泉州国際市民マラソンで自爆す!
某国、某大臣が、非常に重要な国際会議の報告のインタビュー時に、酒を飲んだのか、薬を飲みすぎたか知らないが、あってはならない醜態をさらし、そして辞任せざるを得ない状況に追いやられている。
そりゃ、当然だ。
まさに、自滅。
自分も、小さい話だが、今回の「泉州国際市民マラソン」においては自爆・・・。
なんとも情けない結果。
そして、その報告を自分のブログでどのように書きだすか・・・悩んでいたが、誠に恐縮至極・・・しかし、やはり「無謀「や「無知」は、すべて「自己責任」につながり、そして「自滅」や「自爆」という結果を引き起こし、大いに自己嫌悪に陥るのだ・・・。
言い訳はもはやない。
すべてが、「無謀」であったわけだ。
ただ、この日のために、このレースのために1年間、毎月300km近くを目標に走り、年間3400kmも走ったっちゅうのに・・・(涙)。本当にそれが情けない。
そして、そのレースのために、いくつかのレースで、シミュレーションをやったじゃないか!にもかかわらず・・・これだ・・・。
まったく、「学習」ってことを知らんのかね・・・じぶん。
まあ、昨年の大会とも、また最近の大会とも大きく異なっていたのは、「天候」であったことは間違いない。
それも、今回の大失態の要因ではあった。でも、そんなこと今まで経験してたんだから、たんなる言い訳さ。
初めてフルに挑戦した、「かすみがうら」でも、同じような状況になったじゃないか?
脚もふらついて、意識も朦朧として、吐き気もして。
そんなことわかっていたのに・・・最初から飛ばすなんて、本当に「無謀」。
自分の実力は、めいいっぱい走り続けて、4分50秒が限界だと知ってたはず。にもかかわらず、ほぼ4分30秒ペースで走った。それも一次は4分30秒もきって・・・。
そりゃ、もたんわな~。
そして、前日もなれないホテルで、気温も高かったせいか、エアコンをつけなくても暑くて寝苦しく、ほとんど寝れんかった。それも、ちゃんと食事とかの時間を考えていればすっきり眠れたろうに。
また、スタートが11時っていうこと、忘れてた。
朝食は7時前に食べちまった。4時間たってりゃ、もたんわな~。
暑いっちゅうことがわかっていたにもかかわらず、Skinsのアームサポーターとストッキング。
途中で、あまりにも暑くてアームをはずしたが、そのとたんに、血液が脳から腕に流れるように意識が朦朧とし始めた。たしかに、アームウォームは急激にはずすと危険 て書いてあったような・・・。
23km付近までは、ほぼ4分30秒イーブンペース。
しかし、ここから急激に落ちだす。
4分30秒→4分40秒→4分50秒→5分→5分10秒→5分30秒・・・・なんとか、1、2kmはペースを維持しようとするが、徐々に落ちていく。
去年はこのあたりは雪が降っていたのに・・・と思いつつ・・・徐々に脚が動かなくなった。
これで、完全にOUT。
(つづく)
とうとう2月15日がやってくる!
今日は13日の金曜日。とはいっても不吉なこともなく、たんたんと週末が過ぎていく。
水曜日に休んで、軽く走って、それからまた走れるかもしれないとは思ったが、連日、結局遅くなったりお天気がわるかったり、無理をするのはやめよう などと躊躇してもはや 明日の大阪行き直前になっちまった。
お天気は というと、どうも気温が高そう。
これは自分にとっては決してよくない。
この冬の寒さで発汗機能も冬バージョンのまま。したがって、急に暑いときに走ると発汗がひどく、後半大きくバテルことが今までは多かった。
(だから、いつも「かすみがうら」」は後半苦戦していたのだ)
自分にとっては気温は一ケタが望ましいのだが、仕方ない。
万一も想定し、暑さ対策用のウエアも用意して、走ることにしよう。
また、なんとか雨は降らなそうで、ほっとしている。
あとは、風。あのブリッジ上で強い風に吹かれるとけっこうキツいかもしれない。
しかし、これらの気象条件については仕方ない。
ベストを尽くす・・・これしかない。
明日は、夕方には大阪に入り、そしていったん大阪城公園あたりにでも行ってみようかと思っている。
昨年の8月までお世話になった練習コースをもう一度振り返ってみたいのだ。
できるならば、そこでからだをほぐしておこうと思う。
今、大阪の仲間からもメールが届いたのだが、15日の夜は、もうすでに「完走・自己記録更新達成記念!」のお祝いを準備していると・・・。なんとしてもがんばらないとあかんな~~~~。
え~い、こうなったら仕方ない!
最初から飛ばしたるで!
最高にいいレースを!





