なにぃ~!やっちまったな!
困ったことに、とうとう、ミサイル(飛翔物体?)が発射されてしまったわけだけど、本当に困った問題になりつつあるなあ。
第二次世界大戦後、占領者の米国が草案を書いてつくってしまった「日本国憲法」は、確かに「平和憲法」という面もあるが、インドの「ガンジー」のように、「無抵抗主義」で国民の命が守れるのであればいいが。
武器をちらつかせて迫る敵が、手を出さない限り何もできない・・・っていうのも本当に正しいのか、わからない。
いまさらではあるが、実際に「鎖国状態」だった日本に開国を迫った当時のアメリカも武器を持って、それを示して脅して開国をせまったわけだし、第二次世界大戦後の日本はその後遺症が強くて、なんだか「何もしないのがいい」みたいになっちゃったような気もする。
こうして、自分の家の上空にミサイルが飛んで、初めて、「やっぱり、やばい」「でも、自分の家に落ちなかったから、ま、いいか」で済まされる問題なのかという気がしてくる。
難しい問題だと思う。
「泥縄」 というコトバがあるが、実際に、今の憲法下では日本は常に危機に関しては「泥縄」にしかならないのだろうか?結局、問題解決の先送りってことにしかならないのか?非常に悩ましい問題だと思う。
ところで、今年、横浜は「横浜港開港150周年」とかいってイベントを開催して盛り上げるようなのだが、確かに、「開港」によっていろんな新しい文化が流入してきたわけで、それまでの「鎖国」というものが決して経済や文化の発展によい状態ではなかったとは思うが、外国から脅されて門を開いたことを、もろ手を挙げてお祝いするっていうのも、なんだかお人よしにも感じるな~。
そうそう、今朝、ラジオを聴いていたら、学校で習う日本の歴史では、「ペリー」が初めて日本に来航して、そしてその再に非常にあわてて対処して、開国せざるを得なかった ということになっているが、実はその前に日本と当時のアメリカの交流があったそうである。
それは、なんと、今捕鯨禁止の最先端であるアメリカが捕鯨をしていて、日本の釣り船が難破しているのを助けたことが最初だったらしい。
アメリカは以前は世界有数の捕鯨国だったのだ。(つまり鯨油を燃料としていたらしい)
さらに、日本人を助けたということ。
その日本人をなんと親切に日本まで届けてくれて、その際に日本に初めてアメリカ人が上陸したらしい。
そのうえ、日本人は、助けてくれたアメリカ人をたいそうもてなしをし、そして贈り物もしたらしい。
その贈り物がアメリカの博物館に展示されているらしいので、まんざら嘘ではなさそうだ。
そうして、その情報を元に、アメリカでは日本に開国を迫ることを決めたらしいし、日本もペリーが来ることを(いや、正確にはペリーさんという人ではないだろうが)察知していたので、よくドラマになるような、あんなあたふたした対応をしたわけではなかったらしいのだ。
まあ、歴史というのは非常に面白い。
でも、そんなことをじっくり学べるような勉強だったらもっと興味深かったのに、結局、試験をパスするための暗記物だけで覚えたものだから、面白くない授業だったんだな~。
ところで、きっと、今回のミサイル発射も後々の歴史の教科書に出てくる話題になるのだろうか?
どうか、悪い話題にならないことを祈るのみである。
でも、自分の目の前に、矢が飛んできたり、石が飛んできたら、打ち返すよな~。ホントは。でも国だからな~。
大きな問題だよな~。
まったく、凶暴な駄々っ子のような国だな・・・本当に。
見方
ようやく、日本もアメリカも野球のシーズンイン!
その前に、日本にとっては、やはりWBCの影響が大きく、今年の日本のプロ野球も、各球団(いや、一部の球団は参加拒否してましたが)選手を出した結果としては、関心が高まり、野球観戦も増えるとおもう。
まあ、そして実はこういう大きなスポーツイベントのあと、どうしても買ってしまうのが、「NUMBER」。
当然、WBC特集。
イチローの記事から始まり、それぞれのゲームのときのレポートや、おもな選手の記事がたくさん掲載されていて真剣に電車の中で読みふけってしまった。
そして、韓国の記事もしっかり掲載されていた。
それも韓国の立場で記事が書かれていて、今回のWBCに賭ける思いもよく感じることができた。
なぜ、あれほどまでイチローを敵視したのか?
なぜ、マウンドに国旗をたてたのか?
どんな思いで、日本と戦ったのか・・・。
日本に居れば当然、日本の立場での見方でしか、判断できないが、この「見方」によって全く違うこともあるのだ。
最近、NHKの書評の番組を見て、とても面白そうだったので、すぐ書店に行って購入したのがこれ↓
半藤一利 幕末史
幕末~明治維新の話が好きな人はけっこう多いと思うが、自分もそのひとりであり、このあたりの人物のことは本当によく勉強した・・・つもりであったが、やはり、結局は一方的な見方でしかなかったのだ と気付いた。
今まで、幕末は、薩摩、長州などの西の雄藩が中心になり、その成果は非常に高い評価を得ていたと思う。(いや、自分も幕末の 西郷隆盛や坂本竜馬、そして、高杉晋作などを、当時の体制を破壊し改革した非常に前向きな生き方であると感じていたのだが、しかし・・・一方、戊辰戦争など、(自分も福島県出身なので)あの悲惨な闘いというものはいったい何だったのか という疑問を持っていたのだが、著者は、さまざまな観点から、この時代の人物を描き出している。
今まで教科書で習ったようなことは、事実が起きたことしか記憶していないわけだが、なぜ、そのようなことが起きたのか?
特に、なぜあの時代、「尊皇攘夷」なんてことから、いつのまにか、「倒幕開港」に向かったのか?
なぜ、「江戸城無血開城」ということになったのに、「戊辰戦争」が続いたのか?なぜ、薩長という官軍(このことば自体を著者は納得していないようだが)が函館まで追ってテロ行為を続けたのか?
そう、実は薩長などを著者はテロ軍団という表現もしている。
そして、徳川慶喜や勝海舟らと、薩長、岩倉具視などを、どちらが日本でいう武士道にのっとったものたちだったのか?も少しずつ見えてくる。
その中でも勝海舟や、西郷隆盛という人物像が非常に興味深く描かれている。
非常に興味深い内容であった。
歴史も「見方」ひとつで変わってしまう。
ただ、どんな見方をしたとしても、「正義」という義があったとしても、悲惨な殺し合いは、所詮殺し合いであり、テロ行為である。
それだけは許せない。という思いも、この本の中に感じられた。
話は、全く弾みすぎてしまったが・・・
ところで、今日、誤報はあったものの、ミサイルが発射されなくてよかった。
あの人物も、きっと何らかの「義」をもって、あのような行為をしているのだろうが、いったいいつになったら人間は「権力争い」で人の命を奪うことをやめるのだろうか?
4月1日は・・・
水曜日、平日の休み。
お天気がよければ、今日は、丹沢方面にトレイルを とおもっていた日であった。
しかし、
神様は、それは許してはくれなかった。
でも、朝、起きて8時半には走り始めた。
ウルトラマラソンまであと2ヶ月半。
100kmという距離は、距離を走れるからだにしないと、いくらなんでも完走も難しい。
昨年は、100kmを走るために、50kmを2回、40km以上を2回はやっている。
これでも、実は最低だ。本来、70km程度をやってないと、さすが100kmはキツいはずだ。
でも、結果的にはなんとか完走はできた。
ただ、昨年は勢いもあったのでできちゃった完走だ。
今年は・・・その保証は全くない。
初めてのウルトラよりも、2回目のウルトラのほうが怖い。
ビビる。完走できる保証は本当にないのだ。
昨年走れたからといって、今年も100kmを完走できるという保証は全くない。
100kmというのは、そういう距離だ。
だから、けっこう、真剣に走りこみをしている。
3時間どころか、5時間、6時間、7時間・・・いや、9時間、10時間、11時間、12時間・・・それくらい走る姿勢を保たなければ100kmのゴールは見えないのだ。
そう改めて100kmの距離の長さを考え、再度練習をすることにした。
10kmは知っただけで辛い。
なんとか20kmもたどり着いた。
30km過ぎも辛い。ゆっくり走っているのに・・・辛い。
そして、なんとか40kmを完走した。
まずは、今日は合格。
と、携帯を見ると、会社からトラブルコール。
え?こんな状況で?
ということで、あわててシャワーを浴び、帰宅し、着替え、そして会社に向かう。
停電の影響で、自分の会社がお客様に多大な迷惑をかけてしまっている事態が発生。
いくら、停電とはいえ、停電に備えていないといけないものなので、言い訳はできない。
あわてて会社に向かったが、自分が到着したころにはなんとか復旧。
まいった。
40km走をしたあとに、ゆっくり筋肉を伸ばしてストレッチをして、そしてお昼を食べて・・・とおもったが、もうそういう余裕は全くなくなった。
お昼も食べれず休日出勤。
でも、仕方ない。
今月、なんとか40km以上を後2回以上は走って、できれば月間400km程度に近づけたい。
暑い、初夏がやってくる。







