ハンマー投げ
室伏選手、金メダル、おめでとう!!!
アテネ五輪の金メダルは、ドーピング失格の後日繰り上げだったので、やった~!みたいなのが全然なかった分、今回は本当に嬉しかったことでしょう。こっちももらい泣きです。
私は、たぶん日本の長距離・マラソン関係者の中においては、かなりハンマー投げに近いポジションにあります。室伏くんのハンマーも、彼が高校1年の千葉県大会でデビューした1投目から見ていますよ。
その後、当時私が指導をしていた大学チームにも偶然、ハンマーの強い子が入学してきて、それが更にメキメキと強くなってきたので、日本インカレや日本選手権等、その頃のトップクラスのハンマーの試合はほとんど一緒に行っています。
私は長距離走では学生日本一!という選手は1人しか育てていないのですが(高校時代は県で13位の子)、このハンマーの子は、2年連続日本インカレ2位でした。室伏くんがもちろんタイトル総ナメです。。。
室伏くんが3回ファールするしか勝ち目のない状態で、他の選手とずっと混沌とした2位争いをしていた記憶がありますね。その2位争いを2年連続で制した?のはそれなりに立派でしたが。
うちの子は、卒業後、室伏くんの出ない全日本実業団を3連覇(なぜか東日本実業団は勝てない…)しましたが、その頃、群馬リレーカーニバルというトップ級の大会で、私とうちの子、室伏くんと彼の後輩の砲丸投げの選手(室伏くんより一回りデカい)の4人で車で帰ることになったことがありました。駐車場に向かう間、私はほとんど捕まった宇宙人状態。。。
当時はまだ室伏くんも、陸上界ではまあまあ有名~というくらいでしたが、途中、中学生なんかが握手やサインを求めてくるのを全部受けてましたね。おかげでなかなか駐車場に辿り着けなかったんですけど。「サインお断り」みたいな有名な長距離ランナーも見たことがありますので、これは感心しました。
私を除く3人の総体重が350Kgくらいあったと思いますので(私を入れると400Kg…)、車もなかなか進まなかったのですが、後部座席の室伏くんと砲丸の子は、それぞれ窓を開けて、肩を外に出さないと収まり切らない…という凄い状態でした。
前々から、うちの子から「コージくんは、普段は寡黙だけど、陸上の話を始めると、とたんに熱くなる」とは聞いていましたが、この帰りの車中はまさにそんな感じでした。一振ると十返ってくる…それが今やすっかりおなじみとなった室伏広治選手の「陸上談義」です。